第8話 上条と二人きりの教室
朝起きて、俺はやばいことに気づいてしまった。そう、宿題をやり忘れていたのだ。たまに真面目にやろうと思ったらこれだよ。昨日は確か、風呂入ってから宿題をやろうと思ったら、そのまま、ベッドにダイブして寝てしまったんだ。風呂上りっていうのはどうして眠くなるんだろうな。
というわけで、俺はいつも朝早く来ているであろう石橋に頼るために、またもや朝早く登校するのであった。石橋頼むぞ石橋。
しかし、俺が教室に入ったタイミングで誰もいない。あれ? 石橋いないな……あいついつも無駄に早く来ているのに。
10分程度待っても石橋はやってこなかった。石橋ー! 早く来てくれー!
そうこうしている内に足音が聞こえてきた。石橋か!? 石橋なのか! 俺は今物凄くお前に会いたい。
しかし、やってきたのは上条であった。俺が朝一番に出会った顔はブスでした。
「真人君おはよう。今日は早いのね」
「あ、ああ。石橋に宿題見せて貰おうと思ったけど、あいつまだ来てないんだ」
「そう……私が見せてあげてもいいけど」
なんと女神がいた! 女神だ女神だワッショイワッショイ! 上条様を崇めよ讃えよ。
俺は朝早くから訳の分からないテンションになった。しかし、そのテンションも長くは維持出来なかった。
「その代わり今度デートしてね」
一瞬で気分が落ち込む。何故俺がブスとデートをしなければならないのか。大体にして俺彼女持ちだよ。学年一可愛い子と付き合っているんだよ? デートなんか出来るわけないじゃないか。
「あのさ上条。俺が二宮さんと付き合っているのは知っているよな?」
「ええ。でもそんなの関係ないよね? 私が貴方とデートしたいって言ってるんだよ?」
ええ……何その理屈。とんでもない女だな。こいつは。
「コーヒー一杯くらい奢ってくれてもいいんじゃない?」
「わかった。奢るだけな。デートはなしだ」
お互いの妥協点を見つけた所で俺は上条に宿題を見せてもらった。チクショウ。石橋ならタダで見せてくれるのに余計な出費をしてしまった。何をしているんだ石橋は。
俺はスラスラと宿題にそのまま答えを書き込んだ。模写の速さなら負ける気がしない。
「ねえ。前から訊きたかったんだけど、どうして真人君は二宮さんが好きなの?」
上条の問に対する答えは決まっていた。顔が可愛いからだ。よく、人間は顔じゃないと言う輩がいるが、それは違うと思う。所詮人は見た目なのだ。性格は一緒にいればお互いが擦り合わせて納得できる形に落とし込むことは出来るが、顔の好みだけはどうしても変えることは出来ないだろう。
「二宮さんの見た目でわかんない?」
「わかんないよ! 真人君はああいうのが好みなの?」
「ああ。タイプだ。二宮さんはとんでもない美人だろ? きっと学年中の男子が彼女のことを狙ってるぜ?」
「そっか……そうなんだね……」
上条は少し切なそうな表情をした。一体どうしたと言うのだろう。
「悔しいなあ……何で私、真人君の好みの顔に生まれてこなかったんだろう」
上条がポツリとそう呟いた。
「なあ。上条。お前、どうしてそこまで俺のことが好きなんだよ」
今度はこちらが質問する番だ。自分で言うのも難だが、俺は別にいい男ではない。成績だって悪いし、運動神経も並程度。顔は平均より上だと信じたい。そこまで執着するような男だと思えないが。
「それはね……真人君が私にチヤホヤしないからだよ」
どういうことだ? ブスをチヤホヤするわけないだろ。
「私はね。子供のころからずっと可愛いって甘やかされて生きてきたんだ」
何だそれ。上条のどこが可愛いと言うんだ? 何かの思考実験のサンプルにでも選ばれたのか? ブスに可愛いと洗脳したらどうなるのかっていう。
「男子にだって何度も告白されてきた。けれど私はその度に断って来た。だって何だかつまらないもの。私をチヤホヤするだけの男って」
どの顔が言うんだ。チヤホヤしてくれるブス専がいるだけありがたいと思え。
「でも、真人君は違った。私に全然興味ないって態度だし、それが何だか悔しくて、いつかこの人を振り向かせたいって思って意識するようになったら、いつの間にか好きになっちゃった」
まあ、そりゃ俺はブスには興味ないからな。俺は面食いだ。顔がいい女の子が好きなんだ。
「私悔しいよ。今まで男の子は皆虜にしてきたのに、どうして私が好きな人だけは、私に振り向いてくれないの? 他の誰に嫌われたっていいから真人君に好かれたい。二宮さんが羨ましいし、妬ましい」
「俺が上条に
「私もそう思う……でも、きっときっかけさえあれば、好きって気持ちは理屈じゃ測れないと思うな。恋愛感情なんて矛盾の塊だよ。好きだけど嫌い。嫌いだけど好き。そういうもんだよ」
二人きりの教室に沈黙が流れる。何だろう。上条の気持ちを知ったからか、少し上条に親近感というか情が沸いたような気がする。
今までは訳も分からずに俺に付き纏う存在でしかなかったのに……
でも、決して上条のことを好きになったわけじゃないぞ。俺は二宮さん一筋の男だ。俺は一途な男なんだ。そう簡単に浮気なんてするもんか。
教室の扉がガラっと開いた。教室に石橋が入って来た。
「てめー! 石橋! この野郎! お前来るの遅かったぞ!」
「え? 何々?」
「俺はずっとお前に会いたかったんだ! なのに今日に限っていつもの時間帯にいないなんて。俺がどんな思いでお前を待っていたと思っている!」
「え? そ、そんな東郷君……そんなに僕のことを思ってくれてたの? でも、僕達男同士なのに」
「(宿題を見せてもらうのに)男とか女とか関係ねえだろ! 俺には石橋が(頭がいいから)必要なんだ」
「そ、そんな困るよ東郷君。僕だって好きな女の子が……その……」
「は? 何言ってんだお前」
俺が石橋にゲイ疑惑をかけられてしまったことに気づくのは少し先の話。その誤解を解けるようになるのは更にもう少し先の話であった。
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