第6話 二宮さんの怒り
土曜日に映画館デートを終えた俺は休日の間、ずっと二宮さんの手の感触を思い出していた。左手に伝わる柔らかですべすべな肌の感触。ずっと触っていたいくらいのそれを思い出しながら、一人でニヤニヤしていた。
言い方は悪いが初めて女子の体を堪能した俺は最高にいい気分だった。日曜日の夜。普段なら月曜日の朝が近づいてくる憂鬱な時間帯だが、最近の俺は違った。月曜日になれば学校で二宮さんに会える。そう思うだけで心が躍る。
「イヤッフウ! テンション上がって来た!」
俺は全裸になりベッドの上を飛び跳ねて物理的にも踊った。あまりにも騒音だったのか、母さんが俺の部屋の扉を開けた。
「アンタ。何してんの! そんな裸で!」
「ふふふ。母さん。俺は一つ上の男になったんだ」
「頭おかしいこと言ってないで早くお風呂に入って寝なさい!」
完全に頭がおかしくなったと思われてしまった。そりゃそうか。息子がベッドで裸踊りしてたらそう思われても仕方ないか。
俺は素直に全裸になったついでに風呂に入り、そのまま寝た。明日、二宮さんに会えるのが楽しみだな。
◇
月曜日、俺が教室に入る頃には既に二宮さんが来ていた。デートの時の私服の二宮さんも可愛かったけど、制服姿の二宮さんも素敵だな。
「東郷君おはよう」
「二宮さんおはよう。土曜日のデートは楽しかったね」
「うん。また誘ってくれると嬉しいな」
二宮さんは伏し目がちでそう言った、ああ、もう可愛い。最高すぎる。女神か! 天使か!
「真人君おはよう」
後ろから上条が声をかけてきた。
「ああ、おはよう上条」
「ねえ、真人君。私、土曜日に友達と映画館行ったんだ。十三人目の来訪者を観てきたの」
「へー。それは羨ましいことだな。俺も早く見たいぜ」
「ちなみに黒幕は最初に死んだと思われた主人公のお母さんだよ」
は? え? こ、こいついきなり何言ってんの?
「驚いたなあ。まさか、お母さんに生き別れた双子がいたなんて。死んだのは双子の妹の方だったんだよね」
「やめろ! それ以上言うな上条! 俺はまだ映画を観てないんだ」
「あら? そうだったの? 二宮さんと一緒に映画館に行ったものだからてっきり観ているものだと思ってた。ごめんごめん」
口では謝罪しているが、全く悪びれる素振りを見せない上条。一体何なんだこの性格の悪い女は。顔も性格も悪いとか最悪だな。
「真人君が私と一緒に映画に行っていれば、こんなネタバレ食らわずに済んだのにね」
なんてこった。俺は映画を観る楽しみを奪われてしまった。俺はこれから何を楽しみに生きて行けばいいんだ。
俺が落ち込んでいると、バンと机が叩く音が聞こえた。一体何が起きたのだろう。
「上条さん! いくらなんでもそれは酷いよ!」
なんとあの引っ込み思案の二宮さんが上条に向かって怒っているのだ。普段の彼女を知る身としては物凄い衝撃的映像だ。
教室中がざわついている。上条といえば、ブスの癖にスクールカーストの上位に位置する人物だ。逆らえる女子は滅多にいないのに、それを二宮さんが口出ししたのだ。
「な、何よアンタ! アンタには関係ないでしょ!」
「関係あるよ! 東郷君は私の彼氏だもん! 私の彼に酷いことしないで!」
よく見ると二宮さんの手は震えていた。精一杯の勇気を振り絞って俺のために怒ってくれたのであろう。そんな彼女にこれ以上無茶はさせられない。
「二宮さんもういいよ」
「けど……」
「本当は怖いんだろう……無理しなくていいよ」
俺は二宮さんを
「俺のために怒ってくれたんだよな? 嬉しいよ。その気持ちだけで十分だ」
「うぅ……東郷君……」
緊張の糸が切れたのか二宮さんは目に涙を浮かべてしまった。可哀相に上条が怖かったろうに。
「泣き顔もブッサイクね。真人君。よくそんなブスと付き合ってられるね」
上条の心無い言葉に二宮さんは口をポカンと開けて茫然としてしまっている。可愛い二宮さんに向かってよくそんなことを言えたものだ。この女、許せない。
「おい、上条! お前ふざけんなよ! 二宮さんのどこがブサイクなんだよ! こんなに可愛い二宮さんに対して、目が腐ってるんじゃないのか? お前の方が圧倒的にブスだろうが!」
ついに言ってしまった。俺は上条のことをブスだと思っているけど、本人にそれを指摘したことはなかった。何故なら、ブスでも好きでその顔になったわけではないからだ。例え相手がブスでも、ブスって言うのは失礼に当たるし傷つけてしまう。だから俺は今まで上条にブスだとは言ってこなかった。
だけど、俺はたった今、口に出してしまった。一度口にした言葉はもう取り消せない。だけど後悔はしていない。先に二宮さんに攻撃したのは上条の方だ。俺はそれが許せなかった。
俺の発言に上条は目を見開いている。そしてわなわなと怒りに震えているようだ。
「ま、真人君? 貴方今私に向かって何て言ったの?」
「同じことを二度言わせないでくれ。俺はもうあの蔑称を使いたくない」
上条は衝撃を受けているだろう。まさか、俺にブスだと思われているとは夢にも思ってなかっただろう。だって、俺はその言葉を封印してきたからな。
「わ、私がブス……な、何で! 酷いよ真人君。私そんなこと言われたこと一度もないのに! 皆、私のこと可愛いって美人だって綺麗だって褒めてくれてるのに」
上条が喚きだした。
「それはお前の周りにいる人が優しいだけだろ。俺はそうは思わない」
俺のその言葉に上条は泣きだして教室を出て行ってしまった。ちょっと言いすぎただろうか。でも、二宮さんに失礼なことを言った罰だ。じっくり反省して欲しい。
学校の始業を開始する合図のチャイムが鳴る。もうすぐ、先生が来てホームルームが始まるだろう。上条はまだ戻ってこなかった。
ガラっと扉が開く。上条が来たかと思ったけど、先生が少し早めに教室に来たようだ。そして、いつものように出欠確認をする。
「あれ? 上条がいないようだな。おかしいな。先生は朝、上条の姿を見たはずなのに。誰か知らないか?」
「先生ー! 上条さんは今朝、東郷君と揉めてました」
クラスメイトの誰かがバカ正直に先生に告げ口をした。ああ、面倒くさい。これは事情聴取が始まる流れだな。
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