第5話 映画館デート

 ついに、ついに待ちに待った土曜日になった。俺は今日という日を心待ちにしていた。前日なんか楽しみすぎて全然寝付けなかった。いつもは夜の9時に寝る健康的な俺だが、昨日は結局寝たのは11時だった。いつもより睡眠時間が2時間も短いけど、何とかなるだろう。


 俺は朝出掛ける前に入念にシャワーを浴びた。初めてのデートということで、少しでも自分を良く見せようと必死だった。シャンプーも女子受けする香りのするものを使ったし、体も入念に洗った。特に股間周りを。


 ファッション誌を参考にして、新しく買った服を着る。うん。中々いい感じだ。今までのお母さんチョイスの服とは違ってとても格好いい。流石にデートでお母さんチョイスの服を着ていくなんて暴挙は出来ない。それなりの出費はしたが、二宮さんのためだ。痛くはない。


 俺、人生初デートに行ってきます。一つ上の男になってきます。そう心に誓い、俺は家を出発した。



 待ち合わせの時間より30分程早く駅前の映画館の前に辿り着いた。少し早く来すぎたかな。まあいいや。デートの時は男は待つもんだ。女の子はデートの準備が色々とあるからな。だから時間ギリギリでも多少過ぎても許してやるのが男と言うものだ。


 ここに着いてから30分が経った。そろそろ約束の時間だけど、そろそろ二宮さんが来るかな。と二宮さんの家の方向を見る。すると小走りでこちらに向かってくる二宮さんの姿があった。


 二宮さんは薄い黄色いワンピースを着ていて、紐付きの白いポーチを肩にかけていた。いつもは結っている髪を下ろしていて、思わずドキっとしてしまう。とても清楚な雰囲気を醸し出していて俺の好みドストライクだった。


「ごめん、東郷君。待った?」


「ううん。全然待ってない。今来た所」


 時間通りに来た二宮さんなのに、こちらが待っているかどうか気遣うなんて良い子過ぎるだろ。こんなの惚れるしかない。もう既に惚れてるけどな。


「どう……? 東郷君? 変じゃないかな?」


「全然変じゃないよ! 可愛い。とても可愛い! 最高! 最初見た時、天使が舞い降りたと思ったくらい」


 俺はとにかく二宮さんを褒めちぎった。それに対して二宮さんは頬を赤らめて気恥ずかしそうにしている。バタバタと手で顔を仰ぎ、その仕草がとても可愛らしい。


「もう! 東郷君褒めすぎだよ! そんな風に褒められたら、恥ずかしくて顔から火が出ちゃうよ」


 実際、二宮さんの顔は火を思わせるくらい真っ赤になっていた。俺はその様をみて思わずニヤついてしまう。


「もう、東郷君。笑わないでよ!」


 あんまりからかうと可哀相な気がしてきたので、これくらいにしておこうか。照れている二宮さんも可愛いけど今日の目的は二人で一緒に映画を観ることだ。


「じゃあ、行こうか二宮さん」


「うん」


 俺と二宮さんは横並びで歩いていく。本音を言えば、今すぐここで手を繋ぎたい。でも、初デートでいきなり手を繋いで歩くのって変じゃないかな? その辺どうなんだろう。がっつきすぎだって思われてしまうかな? いろんな考えが頭の中をめぐる。


 結局チキンな俺は二宮さんと手を繋ぐことが出来なかった。我ながらヘタレすぎる。次の目標はデートの時に手を繋ぐことだな。あー二宮さんと手を繋ぎたい。女子の手って一体どんな感触がするんだろう。きっと柔らかくて気持ちいいだろうな。と妄想に浸っていた。


 そうこうしている内に映画館の窓口に行き、チケットを購入しようとする。係の人が座席の位置をどこにするか訊いてきた。


「二宮さんはどこがいい?」


「私は真ん中くらいがいいかな。前すぎても後ろすぎても嫌だよ」


 二宮さんの希望により、真ん中ら辺の席を二つ指定しチケットを購入する。学生証を提示することで、チケットを割安の値段で買うことが出来た。これも学生の特権だ。


 映画館に入ると既に人が大勢いた。人気の映画らしくて公開初日は満員だったそうだ。今では多少落ち着いているけど、それでも人が多い。


 俺と二宮さんは隣同士の席に座る。俺の左側から少しいい匂いがする。これは二宮さんが付けている香水の匂いか。立って歩いている時は意識する余裕がなかった。けど、落ち着いて座ってみればほのかにいい香りが漂ってくる。


 しばらく待っているとスクリーンに映像が映し出された。まずはお決まりのCMと映画泥棒の映像が流れた。


 CMが終わると本編が始まる。映画の内容は、自分に自信が持てない女子高生のさくらが主人公。さくらはクラスの男子に言い寄られるも、暗い自分が好かれるはずがないと決めつけて彼を拒絶する。


 それでもクラスメイトの男子は諦めずにさくらを口説こうと必死になる。さくらは、それを自分をからかうために躍起になっていると勘違いして余計に心を閉ざしてしまう。


 そして、クライマックスのシーンがやってくる。さくらがクラスメイトの男子の情熱に根負けして段々と心を開いていき、ついに男子から告白される日がやってきたのだ。


 桜の木の下に呼び出される。二人の距離が縮まる。じれったいシーンが何度も続いていく。ふと俺は横目で二宮さんの方を見た。二宮さんは完全にスクリーンに釘付けになっているようだ。


 俺は映画を見てたら、段々と気持ちが高まって来た。今なら二宮さんの手を握れるんじゃないかと思い始めた。俺はゆっくりとひじ掛けの上に置いてある二宮さんの手に向かって、自身の手を伸ばし始める。


 後少し、後少しで二宮さんと手が触れる。最後の一押しが中々勇気を出せないで硬直する。その時、スクリーンの中の男子がさくらに告白をした。今ならいける。俺は彼に勇気を貰い、二宮さんの手の上にそっと自身の手を置いた。


 二宮さんの手の甲はすべすべとした感触がしてとても気持ち良かった。二宮さんも俺の手に気づいたのかこちらを横目で見ている。最初は驚いた顔を見せた彼女であったが、俺と目が合うとにっこりと笑い。再びスクリーンに目をやった。



 映画も終わり、俺達は映画館の外に出た。自然と俺達は手を繋いでいた。映画館の暗闇の中で俺達の心の距離は少し縮まったようだ。


「東郷君……私、東郷君に手を握られた時びっくりしちゃった」


「ごめん二宮さん。つい勢いでやっちゃった」


「ううん。気にしないでいいよ。私もドキドキしちゃってて悪くない気分だったから」


 二宮さんと手を繋げるようになった。それだけでこの映画館デートは成功と言えるだろう。勇気を出して良かった。俺は心からそう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る