第63話 旗持さんの存在

 時間になった所で階段を降りてリビングに行くとすぐに千景が自分の部屋から降りてきた。

 その表情は気合が入っているためか緊張しているためか分からないけど、どこか強張っている。


「凛兄、そろそろ行くの?」


 そのつもりだ。そろそろ家を出ないと約束の時間に間に合わなくなってしまう。

 神前とは現地で合流する予定だからそれまでは千景と二人で行く事になる。


「凛兄って礼華お姉ちゃんの事、どう思ってるの?」


 流石にずっと緊張している訳にはいかず、千景は歩いて少し余裕が出てくると変な事を聞いてきた。

 神前か……。神前の事を考えると昨日のアミューズメントパークでなんだか変な気持ちになったのを思い出してしまった。

 あの時の神前はいつもと違って見えた。普段接していると分からないけど、やっぱり神前は可愛いんだとも思った。


「凛兄って礼華お姉ちゃんから告白されたんだよね? 返事はどうするの?」


 僕が黙ていると千景が続けて質問をしてきた。

 告白? あぁ、串間がいた時に神前が咄嗟に言った時の事か。あれは串間から神前が離れたいが一心で言ったのであって本心じゃないだろう。


「本当にそう思ってるの? 凛兄ってどこまで鈍感なのよ。女の子がそんな事、勢いだけで言う訳ないじゃない」


 そんな馬鹿な事があるか。相手は神前だぞ。何度か会って慣れてしまったけど、学校でも人気の女性が僕に本気で告白するなんてあるはずがない。

 そもそも神前が僕と付き合って何のメリットがあるって言うんだ。逆に僕と付き合った事で悪評が立つと言うデメリットしかないじゃないか。


「はぁ。私の兄ながら良くも自分の事をそんな風に言えるわね。もっと自信持ちなさいよ。……本当は格好良いんだから」


 最後だけ小声で良く聞こえなかったがこの僕のどこに自信を持てと言うんだ。

 あっ、パンツ鑑定士としての自信はあるぞ。これだけは誰にも負けてないという自負がある。


「そんな事に自信を持たれてもねぇ。兎に角、凛兄は告白されたんだから返事をする義務があるのよ」


 えぇー。それで返事をして断られたらどうするんだ。僕のメンタルはそんなにも強くないんだぞ。


「相手から告白してきている訳だから断られる訳ないでしょ。どれだけネガティブな考えしているのよ」


 そうは言ってもなぁ。僕と話をしている間に考えが変わって付き合うのは無理って思われたら断られるだろ。


「何? そんな断られるような事をした記憶があるの?」


 あるかと聞かれればあるような気がするし、ないと言われればそんな事はなかったような気がする。


「もう! ハッキリしないわね。良い? 凛兄はこの戦いが終わったらちゃんと礼華お姉ちゃんに返事をする! これは命令よ」


 むっ! 命令と来たか。兄に向かって命令をするなんてくすぐりの刑でその想いを正してやらないといけない所だが、千景の言っている事も分かる気がするので今回はくすぐりの刑はなしにする事にする。

 しかし、告白の返事かぁ。戦いが終わるまでに自分の気持ちをはっきりしておかないといけないな。

 そんな話をしながら暫く二人で歩いていた僕たちが倉庫の前に付いたのだが、神前の姿はなかった。

 あれ? 神前なら僕たちより早く来ていると思ったのだが、予想が外れてしまったようだ。


「礼華お姉ちゃんの事だから私たちより先に着いていると思ったんだけど私たちの方が早かったようね」


 千景も僕と同じことを思っていたようで神前がいない事を不思議に思っているのだが、神前だって僕たちより遅く来る事もあるだろう。

 約束の時間まではまだ少し時間があるんだ。神前の事だから遅れるって事はないだろう。

 それにしてもこの倉庫は何かと縁があるな。これで何度目なんだ?


「三度目ぐらいじゃなかったかしら? 本当に辺鄙な所なのに良く来るわよね」


 フォルテュナはスマホの中にいるだけだから良いけど、僕なんて毎回ここまで歩いて来てるからな。


「若いんだからそれぐらい平気でしょ」


 見た目で言えばフォルテュナの方が明らかに若いんだけどね。

 それにしても神前は遅いな。性格的にこういう大事な時に遅刻するような感じじゃないんだけどな。


「ダメね。礼華お姉ちゃんからの連絡もないし、こっちからのメッセージも既読にならない」


 もしかしてこっちに来るまでの間に事故にでもあったのかと心配になるが、今から探しに行っている時間はない。


「凛兄、もう時間だよ」


 仕方がない。神前には後から状況を伝えるとするか。僕は千景を連れて倉庫の中に入って行った。

 薄暗い倉庫の中に旗持さんの姿はない。何時ぞやの時みたいに僕たちの姿を確認してから出てくるつもりだろうか。


「花音、良く来たな」


 そこに居たのは串間だった。前と少し雰囲気が違っているが、そこまで仲良くなかったのでこれが本来の雰囲気と言われても僕は分からない。

 串間は良いとして旗持さんはどこにいるんだ? 今日は旗持さんたちと話しに来たんだけど。


「あの女は来ないぞ」


 何? 旗持さんは来ないのか?

 それならここに来た意味があまりなくなってしまったな。

 でも、串間も魔女を持っていたはずだからそれを削除してもらうように交渉してみるか。


「ボクの魔女を? それはどっちの魔女の事を言っているんだ?」


 串間が掲げた左右に握っているスマホにはそれぞれ魔女が写っていた。

 なんで串間がスマホを二つ……それも両方のスマホにそれぞれ魔女を持っているんだ?

 右手の方のスマホはイリーナが写っているのが見える。イリーナは元から串間が持っていた魔女なので不思議な事ではないが、それでは左手に持っているスマホに映っている魔女は……。


「あぁ、こちらの魔女か。こちらの魔女はお前が言っている旗持とか言う女からボクが奪ったんだ」


 奪った? 奪っただと? だとすると旗持さんは……。


「あの女か? ボクがスマホを奪った後にどこかに行ってしまったな。天国か地獄かは知らないけど」


 殺して奪ったのか……。どうしてそんな事を……。

 串間の罪悪感を感じていない顔がムカつく。こいつはもう人間を止めてしまっているんじゃないだろうか。


「人間? とっくに止めてるよ。今のボクはジェマの言う通り強い魔女を持つ者だけが生き残る世界を作る事に心血を注いでいるんだから」


 強い魔女を持つ者だけが生き残る世界? 確か前に旗持さんがそんな世界を作りたいみたいな事を言っていたな。

 串間も強い魔女を手に入れてその考えに触発されてしまったのか。本当にそんな世界を作る事ができると思っているのか?


「思っているさ。『原初の魔女』さえいれば可能だ。ボクはジェマと一緒に強い魔女を持つ者が上に立って生きていける世界を作る」


 いじめられていた時の反動か何か知らないけど強い魔女を持つ者が上に立つ世界なんて馬鹿らしい。


「そうか? 花音も強い魔女を持っているんだろ? だったらその魔女を使ってこの世界を思い通りに動かしてみたいとは思わないのか?」


 全く思わないし、そんな世界に興味すら覚えない。


「凛兄、何あの人? ちょっとヤバいんじゃない?」


 串間を初めて見る千景は狂気の笑みを浮かべている串間を見て引いてしまっている。

 その気持ちは凄く分かる。串間が魔女さえ持っていなければ僕もすぐにこの場から逃げ出したいぐらいだ。


「はぁ、どうしてボクの作ろうとする世界の素晴らしさが分からないのか」


 あぁ、完全にイっちゃってるな。これって元の串間に戻るのか?


「無理じゃない? 特に操られてるって感じじゃないし、あれが彼の本性なんじゃないかな」


 って事はフォルテュナに魔法をかけて治してもらおうとしても無理って事か。

 仕方がない。兎に角魔女を削除する事を優先するか。

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