第58話 魔女の削除

 思わぬところで魔女を一人削除できた僕は千景と澤水さんのスマホを持って神前の所に行く。

 今削除した魔女のスマホは帰りにでも拾ったと言う事で警察に届けておこう。


「う……うーん」


 僕が近づいた事で意識を取り戻したのか、神前がゆっくりと目を開けた。


「あれ? 紅凛がいる。おはよう。どうしたの?」


 寝ぼけているのか神前はどんな状況になっているのかあまり良く分かってないようだ。

 ボーっとした感じでそのまま立ち上がろうとした神前だが、もたれかけさせていた木箱に引っかかってしまい、スカートが脱げてしまった。

 それでもまだ状況が分かっていないのか神前は数秒、自分の露わになった水色の縞模様パンツを見た後、やっと元の神前に戻ってきた。


「キャァァァァ!! なんで私のスカートが脱げてるのよ! 紅凛が絶対何かしたでしょ!!」


 僕は何もしてません。何もしてないんだけど、今のパンツの見せ方はかなり高得点だ。ぐったりした所で見えたパンツも良かったのだが今の見え方の方が断然得点が高い。

 真っ赤な顔をして急いでスカートを履き直した神前が僕の所に寄ってきた。


「それで? ちゃんとスマホは回収できたの?」


 何事もなったように僕に話しかけて来てるけど、僕の瞼にはいまだに水色の縞模様パンツが焼き付いている。


「何? そんなに私のパンツが頭に残っているならいくらでも記憶を消す協力をするわよ」


 怖いです。神前さん。女の子が指をポキポキ鳴らすのは止めてください。


「疲れてるんだから何時までも遊んでないで話を進めるわよ」


 確かに神前は意識を取り戻したと言っても体調はあまり良くないようだ。

 なので僕は回収したスマホを素直に神前に見せる。


「上手く行ったようね。私も協力した甲斐があったって事ね」


 そう思ってもらって良い。僕一人だったらとても勝てるとは思えなかったし。


「ちーちゃんたちも待っているし帰りましょうか」


 そう言って神前は歩き出すのだが、僕は一歩も動けなかった。

 僕が後を付いて行かない事に気が付いた神前が僕の方を向いて驚いた表情をしているのが見える。

 今の僕は首筋に細くて長い剣が当てられていて、少しでも動けば首と体が離ればなれになってしまいそうな状況だったからだ。


「紅凛君。君をこのまま帰す訳にはいかないわ。大人しく私に従ってちょうだい」


 僕の首に剣を押し付けて来ているのはリリーさんだ。どうやらハリンが倒された事で拘束が解け、動けるようになったらしい。

 しかし、どうしてリリーさんがこんな事を。僕はリリーさんにこんな事される覚えが……あるけどない。


「あのことを恨みに思ってって事でこんなことしないわ。紅凛君。あなた魔法を使ったでしょ? 私たちの教義では魔法を使ったものは拘束しなくちゃいけないのよ」


 魔法……。やっぱり僕が使ったのは魔法だったんだ。何か良く分かんないものを使ったって感じだったけど、詳しそうなリリーさんが言うなら魔法だったのだろう。

 でも、僕が魔法を使っただけでどうして拘束されなきゃいけないんだ? フォルテュナだって魔法を使っていたのに。


「魔女が魔法を使う事は教義には反しないわ。だけど、人間が魔法を使う事は許されていないのよ」


 何だそれ。誰が使おうが魔法は魔法じゃないのか。


「魔女が魔女の理の中で魔法を使うのは問題ない。人が人の理を超えて魔法を使うのは許されていないって事じゃないの?」


「その魔女さんは賢いわね。人間が使って良いのは魔術まで。魔法を使えるようになってしまえばもう人間じゃないわ」


 知らない間に僕は人外として認識されてしまったのか。僕としては何も変わってないんだけど。

 どんな呼ばれ方をしようが良いんだけど、この剣を何とかしてくれないかな。


「それは無理よ。紅凛君はこのまま私と私の国に行ってもらうわ。そしてそこであなたの処遇を決定するの」


 リリーさんの国がどこだか知らないけど、まだ、魔女を全員削除してないのにそんな所には行ってられない。どうしよっかな。



漆黒の回廊ノクシス!!』



 魔法を使う声が聞こえた。フォルテュナはまだ魔法が使えるほど充電が終わってないので、この魔法はエヴァレットが使ったものだろう。


「さぁ、行きましょ。何だか分からないけど危なそうだし、ちーちゃんたちも待ってるし」


 非常に良いタイミングで神前は魔法を使ってくれた。周囲が真っ暗で周りが見えない中ではリリーさんは僕たちの姿を見つける事はできないだろう。

 それは同時にボクもどこが出口なのか分からないのだが、神前が手を引いて先導してくれる。

 神前の細い柔らかい手に握られた事でどこか恥ずかしい感じがするが、神前は平気なのだろうか。


「へ、平気な訳ないじゃない。私だって恥ずかしいわよ。でも、こうしないと出れないでしょ」


 神前の表情は暗くて見えないけど、多分、真っ赤になっている事だろう。


「それにしてもあのリリーとか言う人は失礼よね。紅凛は人外じゃなく、ただの変態なのに」


 それは僕をフォローをしているのか? 全然フォローしているようには思えないんだけど。

 そんな話をしながら歩いて行くと急に辺りが見えるようになった。かなり歩いたとは思っていたけど、僕の家の前だったのにはびっくりだ。


「帰って来た! 凛兄ぃおかえりー!! 良かったぁ。無事だったんだね!!」


 家の外で待っていた千景が僕の帰りを待っていたようで抱き着いてきた。

 嬉しいのは分かるけど、家の前だとご近所さんにも迷惑だし、何よりも神前の視線が痛い。


 こんな所では落ち着いて話もできないので、僕たちは僕の部屋に入って話をする事にした。

 早速だが、僕はハリンから回収したスマホを二人に渡す。


「ありがとう、凛兄。スマホが戻ってきて本当に良かった」


 無事にスマホが戻ってきた事で喜ぶ千景だが、澤水さんの方はあまり喜んでいるような感じがしない。戦っている時にどこかスマホが壊れてしまったのだろうか。


「あっ、いえ。壊れていません。ありがとうございました」


 どうしたんだろう。何か気になる事でもあるんだろうか。


「私! ……魔女を削除します」


 えっ!? それはこちらとしては嬉しいんだけど、良いんだろうか。


「えぇ、戻って来てからずっと考えていたんです。私のせいで花音さんがあんなことになって……。そしてお兄さんやお姉さんが体を張って取り返してくれて……。こんな事がこれからも起こるのなら私は魔女を持っておく事はできない。メルタと別れるのは寂しいけど、一緒にいるのはもう無理なの」


 澤水さんは泣き崩れてしまい、千景がそれを慰めている。

 千景に慰められながらも澤水さんは僕にスマホを渡してきた。どうやら僕に削除をしてくれと言う事らしい。

 こんな泣き崩れている女性の前で削除するって言うのは僕が無理やりやっているみたいで気が引けてしまうが、本人の了承もあるので良いんだろう。


 僕は手早くスマホを操作して削除画面を出す。

 澤水さんに最後の確認をしようと思うのだが、澤水さんは泣いてしまっていてこちらを向いてくれない。


「本人が大丈夫って言うんだから削除しちゃっても良いんじゃない? あんまり時間をかけると気が変わっちゃうかもしれないし」


 意外と神前はドライだな。でも、神前の言う事も一理ある。折角削除して良いって言っているのだから気が変わってしまう前に削除してしまった方が良い。

 僕は画面の「はい」のボタンを押すとアプリのアンインストールが始まり、すぐにアプリは削除されてしまった。

 画面に魔女がいなくなったのを確認した僕はスマホを澤水さんに返すと、澤水さんは更に泣き始めてしまった。

 後、魔女って何人いるんだっけ? できればこういう事はしたくないな。


「魔女を削除していくって決めたんだから仕方がないわよ」


 そうなんだけどね。だからと言って心が痛まない訳じゃない。


「これで紅凛が削除した魔女が三人で、私が削除した魔女が二人か。私と紅凛、ちーちゃんが魔女を持っていて後は串間と旗持さん、レメイが魔女を持っているって分かっているわね」


 全部で十一人か。旗持さんが十人ぐらいって言ってたから居ても後一人だろう。もしかしたら今分かっている魔女ですべてかもしれない。


「そう言えば旗持さんとはあれから連絡が取れたの?」


 何度かメッセージは送っているんだけど、一切見ているような感じはないんだよなぁ。


「そっか。何とか連絡が取れれば良いんだけどね。っていけない。もうこんな時間」


 もうこんな時間と言うが時間は十二時少し前だ。こんな時間から帰るつもりか?


「だって帰らないとお小遣いが貰えなくなっちゃうもの」


 急いで家に帰ろうとする神前だったが、部屋のドアを開けた所で母さんに止められてしまった。


「こんな時間に女性が一人何て危ないわ。お小遣いが足りなくなるのなら凛ちゃんから貰いなさい」


 何で僕が神前のお小遣いを補填しなければいけないんだ。ってそんないい顔してもあげないからな。

 結局神前はまた僕の部屋に泊まる事になった。澤水さんも泊まる事になったのだが、僕の部屋では寝る場所がないので澤水さんは千景の部屋で一緒に寝る事になった。

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