第57話 ハリンの持ち物

 僕が狙いを定めた場所に炎が巻き上がる。炎は周囲をすべて焼き、倉庫の天井を突き抜けて火柱が上がった。

 思っていた以上の威力に倉庫が崩れてしまわないか心配になる。

 あっ、そう言えば結界って張ってあったっけ?


「私は使った覚えはないわよ。結界が張ってある感じもしないし使ってないんじゃないの?」


 ヤバイな。倉庫壊しちゃったじゃないか。僕は倉庫の天井を見つめてどうしようか考えていたが、そんな事をしている場合じゃないと我に返った。

 炎が巻き上がった所にはハリンの姿も神前の姿も見当たらない。


「うぅ……」


 炎が立ち昇っている場所から離れた所で声が聞こえてきた。そちらの方に駆けよるとそこに倒れていたのは神前だった。

 体を見ると焦げたような感じの所はどこにも見当たらないので、僕の放った魔法はちゃんと避けてくれたようだ。


『魔法は避けたんだけど、虚脱の人形エーブリを長い時間使い過ぎたみたい』


 エヴァレットからのメッセージで状況は分かったけど、神前は大丈夫なのだろうか。

 それとスカートが捲れてしまっていて水色の縞模様のパンツが見えてしまっているのだが、これはこのままにしておいて良いのだろうか。


『心を壊すまではいって無いと思うけど、ちょっと動けそうにないわね。あなたが魔法を使うまでって礼華が言うからギリギリまでって思ったけど、もっと早くやめるべきだったわ』


 神前め。無茶しやがって。でもおかげで助かった。ハリンを倒す――。

 その時、倉庫の中に砂利を踏みつけたような音が聞こえた。

 今、ここに居るのは僕と神前、ハリンとリリーさんだ。この中で動ける人物は僕以外だとハリンしか考えられない。

 僕は神前を抱きかかえる。パンツが見れなくなってしまうのは痛いが、ここに放置して置いたら戦いに巻き込んでしまうかもしれないからだ。

 神前を木箱の所にもたれかからせるように座らせると、大人しく待っているように言ってハリンの方を向いた。


「無茶……しないでね……」


 神前には悪いけど、その約束はできない。千景に続いて神前もこんな目に遭わされたんだ。これで平気な顔をしていられるほど僕は人間ができていない。

 それでも僕は神前を安心させようと、神前の方を向かずにサムズアップをして答えた。


 もう戦いに集中するだけだ。必ずスマホを取り戻して神前が起きた時に笑顔にさせてやるんだ。

 僕はフォルテュナに充電の残量を聞くと、


「残りは三十パーセントを少し超えたぐらいね。使えて後一回って所かしら」


 小さい魔法なら二、三回は使えるだろうけど、それではハリンは倒せないからな。

 ハリンは神前と違い、無傷と言う訳ではなく、体中焦げており、右手で左腕を抑えている。回避する時にでもダメージを負ったのだろうか。

 だけどもうそんな事は関係ない。ハリンがどんな状態であろうと魔法を一発ぶち込んでスマホを取り返すんだ。


「あれだけの威力の魔法だ。使えて後一、二回だろう。それでは私に勝つのは無理だ。もう諦めて大人しく魔女を渡したらどうだ」


 この期に及んでそんな提案を僕が飲むわけないと言うのはハリンも分かっているだろう。

 ハリンは痛みを押して軽い笑みを浮かべると再び高速で動き始めた。

 体が痛むからだろうか今のハリンには神前と戦っていた時のようなスピードではない。

 それでも僕の目にはやっと映るぐらいの速さで動いており、簡単には狙いがつけれそうにはない。


 ハリンもただ速いスピードで動いているだけではなく、その動きの中で僕に接近してきて攻撃を行ってくる。

 攻撃してくると言う事は当然僕に近づくと言う事なので、その時を見計らって狙いを定めるが、上手く行かず僕のダメージだけが増えて行っている。


「大丈夫? 魔法を使う前に倒されちゃったら意味がないわよ」


 大丈夫じゃないけど、大丈夫。体は痛むけど、これぐらいで倒れたりなんてしない。

 でも、これ以上攻撃を受けるのは流石に拙いかなと思う。魔法も使えず増えて行くだけのダメージに僕は焦りを覚え始める。

 だが、そこで一つの案が僕の頭に浮かぶ。ハリンに狙いが定められないなら僕自身に狙いを定めれば良いんじゃないか? そうすればハリンを狙う必要はないし、タイミングだけを合わせれば良い。


「何を馬鹿な事言っているのよ。そんな事したらコーリンだって無事に済むわけないじゃない」


 まあ、フォルテュナとしては反対だよな。でも、それぐらいしないとハリンに当てれないだろうし、一発の魔法でハリンを倒せれば、もう一回の魔法は治癒してもらえれば死にはしないだろう。


「はぁ、仕方ないわね。良い? 必ず一発で仕留めるのよ」


 僕の決意にフォルテュナは渋々了承してくれた。必ず一発で仕留める。それしかもうないのだ。

 僕はさっきよりも集中してハリンの動きをよく見る。左右に動きながら僕の好きを伺うハリンが目の端に映る。

 僕を攻撃するためにこちらに向かってくるのが見えた。ハリンは僕の後ろに回り込むと蹴りを放ってきた。

 良し! 今だ! ハリンが攻撃態勢になったのを見計らって僕は魔法を行使する。



岩漿の紅焔イグレアール!!』



 僕を中心として炎が巻き上がる。少しでもスマホのダメージを減らそうと素早くスマホをポケットの中に仕舞う。

 ハリンの攻撃を避けることなく受けることで僕は炎の中から飛び出す事ができた。

 ほんの数秒。いや、コンマ何秒という時間だったかもしれないけど、その炎は僕の体を焼き、体から焦げ臭い匂いが鼻を突く。


 ハリン。ハリンはどうなった? 蹴られた勢いで床に倒れながらも僕は炎の中にハリンがいるか探す。

 炎の中にハリンの姿はない。もしかしてもう焼き尽くしたのか? だが、それはあまりにも楽観的な考えだった。


 ガン!!


 急に頭に衝撃が走った。何かと思って頭を上げようとしても何かに抑えられて頭が動かせない。


「自爆覚悟の攻撃か。そう言うのは何度も経験しているのでな。そう言う攻撃は雰囲気で分かる」


 どうやらハリンが後ろから僕の頭に足を振り下ろしたようだ。

 クソッ! 攻撃は失敗したのか。ハリンの靴の裏と床に頭が挟まれ、頭がメシメシと音を立てる。


「頭を潰されたくないだろ? 大人しく魔女を渡すんだ」


 ここまでか。これ以上力を入れられたら本当に頭が潰れてしまう。

 悔しい。自然と僕の目からは涙が零れ落ち床を濡らす。

 神前との約束も、千景の約束も果たせないのか。そして何よりもフォルテュナを渡さなければいけないと言うのが一番悔しい。

 こんな奴に。こんな犯罪を行う事を厭わない奴に渡さなければいけないのか。


 その時、ドロッとしたものが僕の中を駆け巡る感覚がする。

 この感覚は黒い風が出た時と同じ感覚だ。

 僕はスマホを握っていたポケットから手をだし、ハリンに掌を向ける。


「何のつもりだ? スマホが握られてないぞ」


 それはそうだ。僕はスマホを渡すためにポケットから手を出したわけじゃないから。

 これだけ近くて動いていないのなら狙いを定めるのは簡単だ。



大地の飛礫ラピラクス!!』



 床から黒い土が盛り上がり、槍となってハリンを襲う。


「またか! 何だこれは!?」


 僕の頭から足を離し、飛び退こうとするハリンだがもう遅い。

 逃げるハリンに向かって一本の槍が突き刺さるとハリンの動きが止まり、そこに次々と槍が刺さっていく。

 槍によって串刺しにされたハリンの体は空中に浮いているような感じになり、ハリンの体からは血が滴り落ち、床をどんどん濡らして敷く。


 勝った――のか?

 ふら付く足で立ち上がり、ハリンの所に近づいて行くが、ハリンは一切動く事はない。


「まずは治療よ。早く準備をしなさい」


 フォルテュナに促され、僕は治療魔法で傷を癒していくが、完全に回復する前に充電が切れそうになってしまった。


「ある程度は回復したから残りは再充電してからだね。モバイルバッテリーで充電しておいて」


 所々痛みは残っているが、動く分には問題ない程度には回復できた。

 死体をあさるみたいで嫌だけど、僕はハリンの服の中からスマホを探し出す。

 出て来たのは三個のスマホで、一つは千景、一つは澤水さんのスマホで間違いないけど、もう一つは誰のスマホなんだろう。

 ハリンの物か? そう思ってスマホを覗くとそこには見た事もない魔女が立っていた。


「あなたは誰? いい加減いろんな人の手に渡るのは止めて欲しいんだけど」


 会っていきなりうんざりしたような顔をされるのは納得がいかないのだけど、それだけいろいろな人の手に渡って来たのだろうか。


「いいえ、持ち主が変わったのはこの男が初めてよ。それで? 今度は何をさせる気?」


 一体どんな持ち主の所に居たんだ。こんなやさぐれている魔女はイリーナ以来かもしれない。

 でも、これだったら大人しく削除されてくれるのかな? まあ、嫌だと言っても僕の削除を止める事ができないはずだから削除はするけど。


「良いわよ。思ったより疲れちゃったしこの世界に居ても面白くもなかったからね」


 おっ、すんなり削除に同意してくれるなんて嬉しいな。いくら削除を邪魔されないと言っても嫌がる魔女を見ながらよりは納得して削除されてくれた方が気分が楽だ。

 このスマホに居る魔女は本当に消えてしまいたいのか微動だにせず僕の操作を見守っている。


「やっと消えられるわ。さっさとやってちょうだい」


 早く消えたそうなので僕はすぐに削除ボタンを押してあげる。

 アプリが削除されたメッセージが表示されると画面からも魔女の姿は消えていた。

 千景と澤水さんの魔女も削除しておこうと思ったが、勝手にスマホを操作して何か言われるのも嫌なので削除するのは止めておいた。

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