第44話 母の病

「いらっしゃいませ。ご注文は?」


 次の日喫茶店に来た僕を接客をしてくれる安未さんだが、明らかに不機嫌な感じが言葉のトーンで分かる。

 取り敢えず、アイスコーヒーを頼み、話す時間が取れないか安未さんに聞こうと思ったのだが、注文を取るとすぐに戻って行ってしまった。

 分かっていた事だけど、これは苦労をしそうだとこの数秒で分かってしまった。


「いらっしゃいませー」


 安未さんは僕以外の人には今まで通り明るい感じで接客をしている。その様子が余計に僕との差を実感させる。

 だが、負けてられない。次、アイスコーヒーを運んで来た時に時間を作ってくれるようにお願いしようとしたのだが、アイスコーヒーを運んできたのは安未さんではなかった。

 その時ちょうど安未さんは他の人の接客をしており、完全に僕の当ては外れてしまった。


 仕方がないので、アイスコーヒーを飲み干し、喫茶店を出る。ここで安未さんのバイトが終わるまで待つしか話す機会はない。

 今日は開店から安未さんはいるようなので、早ければお昼とかで終わるのだろうが、昨日みたいに途中休憩を挟み、夜までと言う事も考えられる。

 それにしても何もする事がなく、ただ待つだけの時間と言うのはどうしてこんなに長く感じるのだろう。


「たったこれだけの時間で音を上げているようじゃ魔女になんてなれないわよ」


 別に魔女になる気は全くないのだが、魔女ってこんな感じの時間をずっと過ごしているのか。ちょっと尊敬するな。

 炎天下の中で待つ事数時間。空がオレンジ色に変わってきたころ、喫茶店から安未さんが出てきた。

 だが、安未さんは僕がいるって分かっているのに無視をして通り過ぎてしまう。

 クソッ! 無視か。地味に痛いな。でも、負けずに安未さんに話しかける。


「何よ! 鬱陶しいわね。大声出すわよ!」


 出したいなら出せばいい。僕はただ話がしたいだけだから。

 安未さんが僕を睨みつけてくるが僕は視線を外す事なく安未さんを見つめる。


「はぁ。仕方ないわね。でも、何を言われても私は魔女さんを削除する気はないわよ」


 良かった。取り敢えず話をさせてくれるようだ。どうやって安未さんを説得しようと考えていた時にフォルテュナが言っていた事を思い出した。

 フォルテュナの見立てでは安未さんは魔女を使ってお母さんを治療していると言っていたな。少し賭けになるがその事を聞いてみるか。


「なんでそんなこと知ってるのよ! 誰にも話していなかったのに」


 どうやらフォルテュナの予想は当たっていたようだ。そうか。お母さんの病気を治すために魔女が必要だから削除には応じられないって事か。

 何となくわかる気がする。僕だって母さんが病気になって魔法でしか治せないってなったら何を言われても魔女を削除何てできないだろうから。

 でも、それでは魔女は減らない。安未さんが魔女を悪い事に使っている訳じゃないが、やはり、魔女はこの世界に残しておいてはいけないのだ。


「私をその場所に連れて行きなさい。私がその病気を治してあげるわ」


 フォルテュナが急に声を上げた。急に聞こえてきた女性の声にびっくりしている安未さんだが、僕が魔女を持っているって知っているため、すぐに魔女の声だと分かったようだ。

 どうやらフォルテュナは自分が安未さんのお母さんの病気を治す事で削除させてくれと言いたいようだ。


「駄目よ。安未。騙されちゃダメ。私だって完全に治す事はできないんだから他の魔女にできる訳ないわ」


 安未さんの持っているスマホから声が聞こえてきた。どうやらフォルテュナが嘘を言っていると思っているようだ。

 僕も本当にフォルテュナが病気を治せるかどうか分からないので何も言う事ができない。


「フン! あなた程度の魔女ならできないかもしれないけど、『原初の魔女』である魔女業界一可愛い私が魔法を使えば治せない病気なんてないわ」


 何だって? 今、フォルテュナは何て言った? 多分、ここに居る人の中で僕が一番大きな声で驚いてしまった。


「何驚いているのよ。魔女業界一可愛いって前から言っているでしょ?」


 違う! そんなどうでも良い事を言っている訳ではない。『原初の魔女』だって? そんなの初めて聞いたぞ。


「どうでも良いって失礼ね。あれ? 私が『原初の魔女』って事は言ってなかったっけ?」


 絶対に初耳だ。思わぬところで旗持さんが探していた魔女の一人を見つけてしまった。


「ごめんなさい。割って入るわね。お母さんを……病気を治せるってホント?」


 そうか。安未さんにしてみればフォルテュナが『原初の魔女』かどうかは関係なく、母親の病気を治せるかどうかの方が重要だもんな。


「えぇ、本当よ。まずは母親の所に連れて行きなさい。連れて行くぐらいならあなたに何のデメリットもないでしょ?」


 安未さんは暫く考えた後、自分のスマホに向かって語り掛ける。


「エルバ。私はやっぱりお母さんを治したい。危機的な状況はあなたのおかげで脱したけど、私はもう一度元気になったお母さんが見たいの」


「騙されちゃいけないわ。今は完全に治す事ができないけど、これから何度も魔法をかけて行けば必ず治るようになるから」


「アハハッ! 何度も魔法をかけるですって? 何を馬鹿な事言っているの? 魔法なんて一度かけて治らなかったら何度かけても同じよ」


 そう言う物なのか? 徐々に魔法が効いてくるって事はないのか?


「ある訳ないわよ。だって魔法よ。魔法をかけ続けて徐々に効いて行くってのはあるけど、一度かけ終わった魔法を何度かけてもそれ以上の効果は出ないわ。こんなの魔女なら常識よ」


 そんな常識知らないし。あっ、僕は魔女じゃないから知らなくても仕方がないのか。


「エルバ、今の話は本当なの?」


 安未さんはどちらの話が本当なのか分からずエルバに聞いてみるが、エルバからの返答はなかった。


「分かったわ。病院に行きましょう。それでお母さんが治るのならエルバの事は諦めるわ」


 スマホから視線を外した安未さんは僕の方を見て、そう宣言してきた。

 やっと一歩前に進む事ができた。だが、フォルテュナは本当に安未さんのお母さんを治す事ができるのだろうか。


「大船に乗った気でいなさい。魔女業界一可愛い私にできない事なんてないわ」


 フォルテュナが『原初の魔女』と聞いてからだとその発言も何か怖くなってくるな。下手をすると世界を変えてしまいそうで。


「それじゃあ行きましょうか。あんまり遅くなっても駄目だし」


 安未さんが病院に向かって歩き始めたので、僕もその後に続いて行く。

 病院に行くまでに安未さんに聞いたところ、一時お母さんは集中治療室に入っていたのだが、今は一般病棟に移動しているらしい。

 それでも容体が良いと言う訳ではなく、立ち上がることはおろか、会話も大してできないようだ。


「着いたわ。ここがお母さんの居る病室よ」


 面会受付で手続きをし、面会カードを着用した僕たちは病室の中に入って行く。

 ひっそりとした病室にはベッドが六床あり、一番奥のベッドに向かって安未さんは歩いて行く。


「お母さん。お見舞いに来たわよ」


 そう言って安未さんがカーテンを開けて中に入って行くので僕も続いて入って行く。

 中には当然、安未さんのお母さんがいるのだが、その姿は頬がやせこけ、安未さんの声にも反応していないようだった。


「今日は友達がお見舞いに来てくれたわ。お母さん分かる?」


 安未さんの声にお母さんは反応する様子がない。視線すらこちらに向けようとしていないのだ。


「急に倒れて、手術を受けてからずっとこんな感じよ。あれだけ元気で可愛らしかったお母さんなのに……」


 安未さんは口を押え、出てしまいそうになる嗚咽を必死に抑えている。

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