第43話 安未さんの事情

 安未さんに大丈夫だと伝えると、安未さんは僕に手を振りながら喫茶店に駆けて行った。

 安未さんのスマホの中に居たのは魔女だよな? 僕の見間違いか?


「私も確認したから見間違いじゃないわよ。相手の魔女も私の存在に気付いたみたいだったし」


 フォルテュナがそう言うなら間違いないんだろうな。

 安未さんが魔女を持っているのか。魔女を削除してもらわないといけないのだが、僕にできるだろうか。


「やるしかないんじゃない? 幸い、全く知らない人でも、凄く仲が良い人って訳でもないでしょ? それなら練習にちょうど良いんじゃない?」


 それはそうなんだけどな。こんな事ならお母さんの話なんて聞くんじゃなかった。いざという時に決意が鈍ってしまいそうだ。

 安未さんはバイトに行ってしまったので、僕は一旦、家に帰る事にする。

 このまま喫茶店に行って安未さんと話をしても良いのだが、周りにはお客さんもいるだろうし、安未さんもバイト中ならゆっくりと話せないだろうと思ったからだ。

 それなら夜にもう一度喫茶店に行ってバイト帰りの安未さんと話した方がちゃんと話をする時間も作れる。


 夜になって喫茶店が閉店する頃に再び僕は喫茶店を訪れた。安未さんはまだ働いており、どうやら閉店まで働いて行きそうだ。

 最後のお客さんが喫茶店を後にし、店内の電気が落とされる。喫茶店の前で待っていると安未さんが私服に着替えて喫茶店から出てきた。


「あれ? 紅凛君、こんな時間にどうしたの? もしかして私がバイト終わるの待ってた?」


 僕が待っていたからだろうか、安未さんはニコニコして僕の所に来てくれる。

 終わるのを待っていたのは間違いないが、安未さんが思っているような感じとは少し違うんだよな。

 僕がファミリーレストランに安未さんを誘うと安未さんは嬉しそうな顔をして了解してくれた。


「紅凛君と食事かぁ。何を奢ってもらおうかな。」


 ちょっと待て。稼ぎのない高校生に奢らせるつもりか? 確かに誘ったのは僕だし、男性って事を考えると奢るのは普通のように思えるけど、ちょっと厳しいぞ。


「アハハッ。そんな険しい顔をしなくても大丈夫よ。私の方が奢ってあげるから」


 いや、それもダメだろ。安未さんにとって大切なお金なんだから。

 何とか割り勘と言う事で話が付き、僕たちはファミリーレストランに入って行った。

 遅い時間と言う事もあり、それほど混んでないファミリーレストランは周りに人もおらず、話をするにはちょうどいい感じだった。

 僕がアイスコーヒーを注文すると、


「えっ! 紅凛君、ご飯は食べないの? それじゃあ私もアイスティーだけにしておこっかな」


 僕に合わせなくても良いのだが、安未さんも飲み物だけを注文した。その顔からは一緒に食事しようと思ったのにと言う残念そうな感じが伺われる。

 注文が終わると沈黙が訪れてしまった。安未さんは僕が何を言ってくるのか待っているようだし、僕の方は何から話せばいいか悩んでしまっているからだ。

 しばしの沈黙の後、先に口を開いたのは安未さんの方だった。


「ねぇ。紅凛君はどうして私を待っていたの? もしかして私に告白するつもりだった?」


 机に肘をついて柔らかい笑みを浮かべながらそう言ってくる安未さんは凄く可愛く見えた。

 何の用事もなく魔女の事もなかったら勢いで告白してしまっても良いかもと思えるぐらいだ。だが、今日はそんな話をしに来た訳ではない。

 僕は緊張を解くため、大きく息を吐くと真剣な顔をして安未さんを見る。


「えっ!? 本当に告白する気? ちょっと待って。心の準備ができてないから」


 悪いけどそう言う遊びに付き合っている時ではない。僕はポケットからスマホを取り出し、安未さんに向かって画面を見せる。


「ん? スマホ? これがどう――」


 途中で安未さんの声が止まってしまった。どうやら僕が何を見せたいか分かったようだ。


「どうして紅凛君が魔女さんを……」


 安未さんは混乱した様子で僕とスマホを交互に見ている。その様子は少し面白いのだが、ここは真面目に行く所だ。

 かなり混乱しているようなので、僕は他にも魔女を持っている人がいる事、魔女を使って悪さをする人がいる事、そして、魔女を削除しようとしている事を安未さんに伝える。

 すると安未さんの雰囲気が一変した。さっきまでの柔らかな感じから重く硬い感じになった。


「そう。紅凛君は私の体じゃなく魔女が目当てで近づいてきたって事ね」


 なぜ僕が安未さんの体を目当てに近づかなければいけないのか疑問を挟む余地はあるのだが、魔女が目当てで近づいたって事は間違っていない。

 僕はこの世界に居る全員の魔女を削除していくつもりなのだから。

 安未さんの鋭い視線と僕の視線が交差する。しばらく見つめあった後、安未さんの方から視線を外した。


「自分の魔女はそのままで人の魔女を削除するなんて随分と都合が良い事言うのね。ごめんなさい。私、気分が悪いからこれで帰るわ」


 そう言うと安未さんは席を立ちあがり取り付く島もないと言った感じで帰ってしまった。

 やっぱり僕がフォルテュナを持っているのに安未さんの魔女を削除させてくれって言うのは無理があるよな。

 一気に力が抜けてしまった僕はソファーに深く腰掛け、天井を見上げる。


「お待たせしました。アイスティーのお客様」


 今頃になって注文していた飲み物が運ばれてきた。店員さんは安未さんが帰ったとは思っておらず居なくなった席の前にアイスティーを置いて戻って行った。


「何一回失敗したぐらいでへこたれてるのよ。そんな簡単に削除させてくれるなんて初めっから思ってないでしょ?」


 フォルテュナの言う通りなんだけどな。簡単にいくとは思ってなかったけど、想像以上に精神が削られる。

 運ばれてきたアイスコーヒーに口を付けた所で思った。安未さんの分のお金は僕が払うのか? 踏んだり蹴ったりだ。


「それで? どうするの? 襲って削除しちゃうの?」


 いや、そんな強引な事はしない。安未さんとは話し合いができるんだ粘り強く説得していくさ。


「それなら何時までもしょぼくれてないで帰りましょ。ここにはもう用はないでしょ?」


 そうだな。何時までもここに居た所で仕方がないしな。僕は自分の分のアイスコーヒーを飲み干すと残されたアイスティーに目が行った。

 前に女子大生の残したアイスティーを飲み干した事があるが今はそんな気分にもならない。そもそ飲みかけでもないし。


「飲みかけだったらまた飲み干していたのね。メモメモっと」


 フォルテュナが余分な事をメモしようとしているので邪魔をしながらファミリーレストラン出る。

 夜道を歩いて家に戻る途中、どうやったら安未さんを説得できるか考える。

 あの様子じゃあ、普通に削除させてくれと言っても削除させてくれないような気がするしな。


「そう言えば。あの人お母さんを治す方法を見つけたとか言ってなかった?」


 うーん。そんな事を言っていたような気がするな。あんまりよく覚えてないけど。


「それって魔女を使ってお母さんを治そうとしているんじゃない? じゃなかったらあんなに怒らないような気がするのよね」


 そう言われるとそんな感じもするな。だけど、今の僕にはそれを確認する方法がない。

 それならどうするか? いくら嫌われようが会いに行くしかないよな。


「相手は魔女じゃなくて人間よ。何度もアタックすれば話をしてくれるようになるわよ」


 問題はそれまで僕の心が持つかどうかだけどな。

 そうだ。神前にメッセージを入れておこう。安未さんに掛かりっきりになりそうだし、暫くは一緒に行動出来なそうだしな。


「礼華も一緒にいてもらった方が良いんじゃないの? 女性同士だし」


 そうなるとこちらが二人で相手が一人だから余計に警戒して話してくれなくなりそうな気がするんだよな。

 それなら僕一人で安未さんを何とかして神前にはその間に他に魔女を持っている人を探してもらった方が効率が良い気がするしな。


「確かに。話を聞いてもらおうとしてるのに二人で押しかけちゃ聞いてくれなくなりそうね」


 メッセージを送るとすぐに神前から「分かった」と返信があった。これで少しの間、安未さんに集中する事ができる。

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