第45話 治癒魔法

 安未さんの肩に手を置いて、場所を代わってもらう。

 安未さんのお母さんの真横にまで来たが、やはりお母さんは反応する事なく、何もない天井をボーっと見ているだけだ。

 本当にこんな状態になっている人を治す事ができるのだろうか。僕の腕の怪我とは全然症状が違うように思えるのだが。


「大丈夫よ。任せておきなさい。ちょっと充電は使っちゃうけど、全力でやるわ」


 流石にここで充電をセーブしろなんて言えない。本当に治るのなら限界まで使って良いから治してあげてくれと言う思いの方が大きい。


「一応手をかざしておいて。魔法が拡散しちゃわないようにしたいし」


 僕は頷き、左手をお母さんにかざす。



陽だまりの燐光アルカーム・クラルト



 今までは叫ぶような感じで魔法を唱えていたフォルテュナだが、今回は優しく語り掛けるような感じで魔法を唱えた。

 僕の掌から淡い光が溢れ、その光は徐々に安未さんのお母さんを包んでいく。

 春の草原にいるような心地いい暖かさが僕の方にまで伝わってくる。

 十秒、いや、三十秒ほどだろうか。安未さんのお母さんを包んでいた光が徐々に消えて行き、元の明るさに戻って行った。

 今までほとんど動く事のなかった眼球が動き、安未さんのお母さんは何かを確認しているようだ。


「安未……どうして……ここに……?」


 それまで話す事がなかった安未さんのお母さんが言葉を発すると、安未さんは僕を押しのけてお母さんの所に駆け寄った。


「お母さん! 私よ。安未よ。分かる?」


 安未さんはお母さんの手を握り、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらお母さんに話しかける。


「分かる……わ。心配……かけた……みたいね」


 安未さんはお母さんの反応に声を上げて泣き始めた。

 折角の親子水入らずだ。僕がいては邪魔だな。そう思った僕は静かに病室を出ると受付まで戻り、缶コーヒーを片手に椅子に座る。

 あれは成功って事だよな? 安未さんの様子を見る限り大丈夫だとは思うのだが、少し心配だ。


「成功したに決まってるでしょ。私を一体誰だと思ってるのよ」


 そうだ! 今の言葉で思い出した。どうして『原初の魔女』だって教えてくれなかったんだ?


「ん? 聞かれなかったから教えなかっただけだけど? それにこんなに可愛いんだからそれぐらい察しなさいよ」


 可愛ければ『原初の魔女』ってのが成立するならエヴァレットだってその条件に当てはまるじゃないか。

 ん? もしかして、エヴァレットも『原初の魔女』って事はないよな?


「エヴァレットは違うわよ。確かに可愛いのは認めるけど、私に比べればまだまだだからね」


 どれだけ上から目線なんだよ。その自信が羨ましいわ。

 でも、フォルテュナが『原初の魔女』って事は旗持さんが持っている魔女とは認識があるのか?


「ないわよ。本来魔女何てそんなに顔を合わす物じゃないもの。エヴァレットの事だって知らなかったし、エヴァレットも私が『原初の魔女』って気付いていないんじゃない?」


 そうなのか。それならやっぱり、この街に何人も魔女がいるって事がもう普通じゃないんだな。


「そうね。こんなに魔女が集まるなんて初めてじゃないかしら? 少なくとも私は経験がないわね」


 そんな話をしていると、安未さんが僕を見つけてこちらに走って来た。


「紅凛君、こんな所に居たのね。お医者様にも診てもらったけど信じられないぐらいの回復だって。もう何日か様子を見て大丈夫そうなら退院もできるって。ありがとう!」


 幾分早口で安未さんは状況を教えてくれた。抑えようとしていたのだろうが、興奮している安未さんの声は抑えきれず受付に響く。

 受付のお姉さんの視線の痛さに耐えきれず外で話そうと言う事になった。


「紅凛君! ありがとう!」


 誰も居ない駐車場にまで来ると安未さんに抱き着かれた。

 誰かに見られているって事はないのだが、それでも恥ずかしいので体を離そうとしても安未さんはしっかりと僕を拘束して体を離してくれなかった。


「本当に信じられない。お母さんが……お母さんが元の状態に戻るなんて……」


 それは良かった。良かったから離してくれ。苦しい……。

 やっと離れてくれた安未さんは今も涙が止まらないようで何度も嗚咽を繰り返している。

 後は医者の人に任せておけばいいだろう。僕にできる事はもうない。だけど、安未さんにはやってもらいたい事がある。


「分かってるわ。エルバを削除するのね。エルバと離れるのは心苦しいけど、約束だもんね」


 覚えてくれていて良かった。僕の方からはなかなか言いにくいからな。

 安未さんはスマホを取り出し操作をして、アプリの削除画面を表示させる。


「エルバ。ありがとう。最初に母さんを助けてくれたのは間違いなく貴方だったわ。ありがとう。私を、母さんを助けてくれて」


「約束だから仕方ないわね。まあ、アプリを削除しても私自身が死ぬって訳じゃないから。短い間だったけど楽しかったわ。安未」


 あまり長い間話してしまうと未練が出て来てしまうのか、安未さんは簡単に別れの挨拶を済まし、アプリを削除しようとした所で僕の体に嫌な感じが襲ってきた。

 何だ? 急に来た感じに辺りを見渡すと、病院の駐車場が結界で覆われていた。

 折角、安未さんがアプリを削除してくれるところだったのに一体誰だ? こんな事をする奴は。


「ごきげきよう。私の体の調子を確認するために死んで……ってまたお前か。確か花音とか言っていたか」


 覚えていてくれて光栄だ。こんな光栄よりも僕は世界一のパンツ鑑定士としての栄誉の方が嬉しいんだけど。

 暗がりの中から姿を現したのはレメイだった。

 どうしてこんな所に現れたのか不思議だが、その姿は以前の俯いたような感じではなく、顔を上げてしっかりと僕の方を見て来ている。


「体の調整がちゃんと進んでいるか人を殺して確認しようと思ってたんだけど、こんな所で会うなんてね」


 体の調整だと? この前でも十分強かったのにまだ何かやっていたのか。


「前回はまだ完全に体を支配できていなかったみたいだったからね。だからこの数日を使って自分の思い通りに体が動くように支配を強めていたのよ」


 支配を強めていた? 前の時でも柳舘さんを助け出すのは難しいって言われてたのにそんな事をしたら本当に助け出す事ができなくなってしまうではないか。


「何? この子を助けようとしているの? アハハッ! 私が使い終わった後なら自由にして良いわよ。ただ、あなたが無事ならね」


 ふざけやがって。人の体を何だと思っているんだ。


「何とも。人間なんて私の欲望を満たすための道具でしかないわ。それに吐いて捨てるほどいるんだから一人や二人私が使っても問題ないでしょ」


 問題しかない。人間は決して魔女の道具ではないし、勝手に使って良い人間は一人も居ない。


「何? 何なの? 魔女ってあんなのも居るの?」


 安未さんは初めて見る明らかに敵意を持った魔女レメイに驚いているようだ。

 自分の持っている魔女以外の魔女があんなんだったらそりゃ驚くのも無理はない。


「何だい? 後ろにいる女も魔女を持っているのか。折角気持ちよく逝かせてあげようと思たんだけど、そんな必要はないみたいだね」


 舌なめずりをするレメイを見た安未さんは体が震えてしまっている。

 安未さんには後ろにいてもらって自分を守る事に専念してもらおう。この様子では戦うのは無理だろう。

 安未さんを下がらせるのと同時に僕は一歩前に出る。


「コーリン。大変よ!」


 そんなのは見ればわかる。安未さんを守りつつ戦うなんて大変以外何物でもない。


「違うわよ。そう言う意味の大変じゃなくて、もう充電が残り少ないって意味で大変なのよ」


 何だって? もう充電が残り少ない? 僕は慌ててスマホを見るとルルーニャの体の半分以上が透けていた。

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