第30話 再びの宿泊
ハァ、ハァ、ハァ。
家まで止まる事なく走り、何とか着く事ができた。
息が荒れているが、玄関のドアを開けて家の中に入ると神前が僕に向かって抱き着いてきた。
と思ったら僕の持っていた神前のスマホを奪い取ってスマホを抱きしめて座り込んでしまった。
「良かったぁ。エヴァレットが戻って来たよぉ」
「礼華、何も見えない」
何だ。僕を待っていたのではないのか。ちょっと寂しいな。結局僕は走っただけで何もやってないから良いんだけど。
神前がエヴァレットとの再会を喜んでいるので、僕はこの時間を利用してフォルテュナにさっきの戦いの事を聞いてみた。逃げ切れたのは分かるがそれ以外は全く分からないのだ。
「あぁ、あれね。簡単な事よ。エヴァレットが
ちゃんと説明しろよ。何となくだが、エヴァレットが魔法を使ったのは分かるんだが、どうして神前と離れているエヴァレットが魔法を使えたのかとか分からないんだ。
「はぁ、仕方ないわね。じゃあ、教えてあげるからちゃんと聞きなさいよ」
何だこの上から教えてやるっていう態度は。だが、今後の事もありちゃんと聞いておきたいのでここは我慢をしておく。
「私がメッセージアプリでエヴァレットに
僕が戦っている裏でそんな事をしていたのか。事前に説明しておいて欲しかったのだが、おかげで助かったんだから何も言えない。
「エヴァレットが礼華にお願いして
遠隔操作でも魔法が使えるのか? そんな話は聞いた事なかったんだけど。
「使えるか使えないかで言ったら使えるわよ。ただし、上手く発動するか狙った所に発動するかは運みたいなものだけどね」
魔法って発動しない事もあるんだ。今まで一度も発動しないって事はなかったからそんな事はないと思っていた。
「魔法を使ってるのが誰だと思ってるの? 魔女業界一可愛い私よ。失敗なんてする訳ないじゃない」
って事は今回はかなり運が良かったって事か。僕の日ごろの行いの良さがこんな所で生きたな。
「……」
良し! それで? 辺りが急に暗くなったのは分かったけど、どうして僕はちゃんと周囲を認識できていたんだ?
「何が『良し!』よ。まあ良いわ。理由は簡単よ。エヴァレットに私たちを対象から外すように言っていたからよ」
なるほど。だから僕はしっかりと周囲を把握できていたんだけど、男の方は僕を見失っていたんだ。やっと理解できた。
「紅凛、ありがとう。私、エヴァレットを奪われた時、気が動転してて。でも、スマホが戻ってきて本当に良かった」
それは良かった。にしても魔女教団って言うのは意外と厄介な奴らだな。神前が教主に会った時に逃げてきたって言うのも良く分かった。
魔法じゃなくて魔術を使う事であんなに強くなるなんて反則に近い。
ふと見ると神前の頬には大きなガーゼが張ってある。女性の顔に傷を付けるなんて信じられんな。僕は再び湧いてきた怒りを抑え、母さんたちに気付かれないようにフォルテュナに傷を何とかできないか聞いてみた。
「うーん。完全に消えるかまでは保証できないわね。もしかしたら多少傷が残っちゃうかも」
少しでも傷が消えるのならフォルテュナに治療してもらった方が良いだろう。
「あっ、もうこんな時間。早く帰らないと」
僕たちが話をしている事を知らない神前は帰ろうとしてしまっている。
治療もそうだが、そもそも時間はすでに十二時少し前だ。流石にこれは泊って行ってもらった方が良いだろう。教団の男もまだ僕を探してるかもしれないしな。
僕が神前を説得する前に母さんが神前が帰る事に反対してきた。
「礼華ちゃん、今日も泊まっていきなさい。女の子をこんな時間から家に帰すなんてできないわ。もし親御さんに言いにくいようならお母さんから言ってあげましょうか?」
久しぶりに見る真面目な母さんだ。そして、僕も母さんの意見には賛成だ。今帰るのは危なすぎる。
あれ? でも、そうなるとまた神前は僕の部屋に泊まるのか?
「そこ以外に泊まれるところなんで無いでしょ?」
いや、一杯あるんだけど。居間とか台所とか……。
「だから一階は駄目って言ってるじゃない。大人しく自分の部屋に泊めなさいよ。昨日も泊めたんだから一回も二回も同じよ」
同じではないだろ。でも、確かに昨日も泊まっているしな。何もないのは確認済みだし大丈夫だろう。
僕は神前を部屋まで連れて行くと、早速ガーゼを外すようにお願いする。
「何? 女性の顔に傷が付いた所を見たいの? 見せても良いけど責任取ってくれるんでしょうね?」
なぜ僕が責任を取らなきゃいけないんだ。傷を付けたのは僕じゃないぞ。
それに傷が見たい訳じゃない。フォルテュナが治療をしてくれるからガーゼを外してくれって言ってるんだ。
「それならそうって早く言ってよ。てっきり紅凛が新しい趣味に目覚めたかと思ったわ」
おっ、呼び方が前に戻ってる。ってそれよりも新しい趣味って何だよ。僕は女性の傷を見て喜ぶような趣味に目覚めるような人間じゃないぞ。
「はいはい。分かったから。でも、ちょっと恥ずかしいから紅凛は先にお風呂に入ってらっしゃいよ」
うーん。お風呂か。今日は入りたくないんだよなぁ。
「どうしたの? お風呂行かないの?」
僕がここに居ては治療ができないと思い、僕はお風呂に入りに行くふりをして部屋を出た。
誰も居ない所で腕を捲ると僕の腕は青黒く変色していた。あの男の攻撃を防御していたらこんな風になってしまったのだ。
こんな状況でお風呂に入ったりしたら腕が沁みてしまう。だから今日はお風呂には入りたくないのだ。
それにしても家を出る時に咄嗟に着た服が長袖で良かった。夏なのになぜ長袖を着てしまったんだろうと出る時は後悔したけど、今となっては長袖で良かったと思える。
誰にもこの腕を見せなくて済むからな。
暫く部屋の外で時間を潰して再び部屋の中に入る。
「紅凛見て! 傷のあった所分かる?」
神前が僕の所にまで来て顔を思いっきり近づける。ち、近いよ。でも、傷は全く目立たない。と言うか傷があったのすら分からない。
「本当? 良かった。流石フォルテュナちゃんね」
「当然よ。魔女業界一可愛い私が治療したんだもの完璧に治るに決まっているわ」
さっき、完全に消えるか分からないって言ってなかったか? 結果オーライだから良いんだけど。
「あれ? 紅凛お風呂に行ってきたのよね? なんで同じ服着ているの?」
良く僕が同じ服を着ているなんて気付いたな。バレないようにパジャマに着替えようと思ったんだけど、パジャマも半袖だから諦めたんだよな。
「ちょっと! 後ろに隠している腕を見せなさいよ!」
自然に腕を後ろに回したつもりだったが、神前が違和感に気付いてしまったようだ。
手首を掴まれ、袖を捲られると、青黒い腕が神前の前に晒される。
「酷い。こんなになってるのに何で隠してるのよ! 私の治療より紅凛の治療の方が先でしょ!!」
思いっきり怒られてしまった。
でも、僕の腕は充電さえしてしまえば何時でもフォルテュナに治してもらえるからな。
痛みはあるけど我慢できないって程でもないし、それなら神前の傷の方が先だろ。
「何格好つけてるのよ! 馬鹿じゃないの!」
神前は勢い良くドアを開けて部屋を出て行ってしまった。
そうだ。今の内に充電しておこう。神前の治療も認め、そんなに充電は残ってないはずだ。
僕がスマホの充電を確認するとルルーニャがほとんどスケスケになっていた。
「いやー。危なかったわ。もう少しで充電なくなっちゃう所よ」
危なかったら言えよ! 消えちゃったらどうするつもりだったんだ。
「ここならすぐに充電できるし大丈夫よ。早く充電してちょうだい」
自分が消えるかもしれないってのに暢気なものだ。僕は早速充電を開始すると神前が戻ってきた。
神前の手には大量の湿布が握られており、何も言わず僕の前に座ると、湿布を僕の腕に貼り始めた。
何か話した方が良いのかもしれないが、神前は俯きながら一生懸命湿布を張ってくれているので、話しかける事ができなかった。
「はい! 終わり! じゃあ、私はお風呂に行ってくるわ」
一度も顔を上げることなく持ってきた湿布をすべて僕の腕に張った神前は立ち上がってお風呂に行ってしまった。
ただ、神前が立ち去る時に僕の頬に水滴のようなものが一滴付いたのが不思議だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます