第31話 花音家のお風呂
もう! …もう! もう! もう!
私は湯船に浸かったまま、思いっきり水面を殴りつけた。水飛沫が上がり、お湯を被ってしまうが今の私にはちょうど良い。
どうして紅凛はあんなに馬鹿なんでしょう。自分の腕があんなに酷い事になっているのに私の傷の治療を優先するなんて。
しかも困った事にあれを何も考えずにやっているのよね。
打算があってやっている事なら「ありがとう」程度にしか思わないのに。
私は呼吸出来るギリギリまで湯船に浸かる。
こんな事をしてしまえばすぐにのぼせてしまうのだけど、今の私は早くのぼせて忘れてしまいたい感じだ。
だって、あんな行動をずっと覚えていたらどんどん好きになってしまいそうだもの。
コン! コン!
お風呂場のドアをノックする音がする。
誰でしょう? こんな時間に。今、私がお風呂に入っているのを知っているのは紅凛だけ。もしかして……。
「礼華お姉ちゃん。一緒にお風呂に入って良い?」
ちーちゃんか。まあそうよね。あのヘタレが私と一緒にお風呂に入ろうなんて思わないだろうし、入って来るならノックもしないだろうから。
私はちーちゃんにOKを出すとちーちゃんはすぐに服を脱いで入ってきた。
「あれ? 礼華お姉ちゃん傷は? もう治ったの?」
いくら大人な体つきをしていてもこう言う所はまだ子供なのかもしれない。そんな早く治る訳ないのに。
でも、勘違いしてくれているのならわざわざ訂正する事もないか。
ちーちゃんが入ってきたので、ちょうど良いタイミングと思い、妹から見た紅凛はどういう人物なのか聞いてみた。
「凛兄? 普通よ。私が急に部屋に入ると時々何かを急いでベッドの下に隠したりしているけど」
ま、まぁ。それは男子高校生なら普通でしょう。逆にそう言う事がなかったら女性に興味がないのかと思ってしまうし。
それにしても思わぬ所で紅凛の隠し場所が分かってしまった。ベッドの下なんてベタだなぁ。
「後は、私の方をじっと見ていると思ったら胸の方だったり」
うーん。実の妹の胸をマジマジと見るのか。それは兄としてどうなんだ?
「私が階段を上がっていると下から覗いてメモを取るぐらいよ」
妹のパンツまで見たいのかあの変態。
しかもメモを取るってどういう事よ。妹のパンツの色やデザインを記録して何をするつもりなんでしょう。
「それが私のパンツの色とかをメモっているのとは違うみたい。どの角度から見ればベストポジションでパンツが見れるか調べているみたい」
完全に駄目兄貴だった。妹を実験体にしてまでパンツが見たいか。
やっぱりさっきの優しさは偶然だったって事かな。危うく更に紅凛にはまってしまう所だったわ。
「でも、本当に私が困ってると絶対に助けてくれるの。小さいころ、私が虐められてた時も助けてくれたんだ」
多分、こう言う所のギャップが嵌ってしまう原因なんでしょう。
分かっているんだけどなぁ。分かってるけど、思わぬ所で格好良い所を見せられるとどうしても駄目なのよね。
「私からも質問なんだけど、礼華お姉ちゃんは凛兄の彼女なの?」
直球だな。まあ、妹なら兄に彼女がいるのかどうかは気になるのは正常な反応なのでしょう。
でも、残念ながら私はまだ、紅凛の彼女って言う訳ではない。告白はしたんだけど、返事が貰えていないから。
「えぇ―。早く付き合ってよ。私、礼華お姉ちゃんみたいなお姉ちゃんがずっと欲しいと思ってたんだもん」
嬉しい事を言ってくれる。身内からの応援があればこれほど心強い事はない。私は思わずちーちゃんの頭を撫でてしまった。
「男なんて押し倒しちゃえば大丈夫よ。言い訳出来ない状況になれば逃げられないから」
思わず撫でていた手が止まってしまった。この子は大丈夫なのでしょうか。何か黒いものが見えるような気がする。
キャッ!
手が止まったのを見計らってちーちゃんが急に私に抱き着いてきた。
「大丈夫。礼華お姉ちゃんを凛兄だけのものにしないから。この胸を凛兄だけが何て勿体ないわ」
あの兄にしてこの妹って言う感じでしょうか。兄妹揃って変わってるなぁ。
でも、紅凛のものだけにはしないってどういう事でしょう。何か嫌な感じがする。
ちーちゃんは私の胸にしきりに顔を擦り付けてくる。そろそろ離れて欲しいんだけど……。
「礼華お姉ちゃん安心して。私は両方いけるから」
何を安心すれば良いの? 今の話で私が安心できるような要素は一切ないんだけど。
もしかしてこの子。お姉ちゃんみたいな感じだから私の事が好きなんじゃなく、女性として私の事が好きなんじゃないでしょうか。
そう思ったら何時までもちーちゃんと抱き着いてはいられない。ちーちゃんを引き離そうとするけど、なかなか離れない。この子意外と力が強いわ。
「ふふふっ。引き離そうとしても無駄よ。凛兄とパンツの引っ張り合いで鍛えたこの力、礼華お姉ちゃんにも味わわせてあげるわ」
この兄妹、普段は一体何をやっているのでしょう。兄妹でパンツの引っ張り合いだなんて想像もしたくない。
それに味わっているのは私の方じゃなく、ちーちゃんの方じゃないのでしょうか。
湯船の中でちーちゃんを引き離そうとする私と私から離れないように必死に抵抗するちーちゃんとで格闘が行われる。
だけど、ちーちゃんは何かを思い出したような顔をして私から離れてくれた。良かった。やっと解放された。
「そうだ。礼華お姉ちゃんって魔女育成アプリってやってる?」
ん? やっていると言えばやっている事になるのかな。それにしてもちーちゃんもアプリをインストールしていたんだ。
紅凛が何も言って来てないって事はちーちゃんは魔女を持ってないって思って良いのかな。
「なんだかうまく操作できないのよね。後で見てくれる?」
今日はもう遅いから明日にでも見てあげましょう。
そろそろお風呂を上がりますか。これ以上入っていると本当にのぼせて体調が悪くなってしまうような気がするし。
「もうちょっと入っていたかったけど残念。でも、これが最後って訳じゃないから我慢するわ」
いや、次からは私は一人でお風呂に入るから。身の危険を感じるお風呂何てリラックスできないし。
ガックリしているちーちゃんと一緒にお風呂から上がり、私は紅凛の部屋に戻って行く。
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