第29話 教団の男

「礼華を連れて来なかったのは良い判断だったけど、スマホを奪った人は分かるの?」


 そんなのは分からない。だから怪しそうな人がいたら片っ端から話を聞いて行くしかない。


「それじゃあ何時まで経っても見つからないわよ」


 そう言われてもな。他に方法はないし厳しいかもしれないけど、地道に当たっていくしかないだろ。


「これを使いなさい」


 フォルテュナがスマホを勝手に操作し、アプリを取り出してきた。

 よく見ると地図の上に何か表示されている。これはもしかして――。


「GPSのアプリよ。この前、礼華とお互いの位置を分かるようにしておいたの」


 マジか! 余計な事ばっかりしやがって。そんな事したら僕がどこにいるか筒抜けになってしまうではないか。

 でも、今回は助かった。良くやったと言う事でスマホを擦って頭を撫でてあげると「えへへっ!」と言って喜んでくれた。


 地図に表示された場所は繁華街から外れた公園だった。あまり大きな公園ではないが、繁華街から外れているので、周囲に住んでいる人が時々使うぐらいの公園だ。

 スマホで位置が変わってないか確認しながら公園に走っていき、公園の近くにまで来た所で姿を隠す。

 そこから見えたのはベンチに座る一人の男性だった。

 男性は誰かを待っているみたいでしきりに周囲を気にしている。


「この公園にはあの人しかいないし礼華のスマホを奪ったのはあの人で間違いないわね。どうやって取り返すの? 攻撃しちゃう?」


 攻撃もありはありなんだけど、攻撃した影響でスマホを壊してしまう可能性がある。

 だからまずは話し合いで何とかならないか試してみる。


「礼華から奪って行ったような奴なのよ? 話し合い何てできるはずないと思うけど」


 まあ、何事もやってみてからだ。

 僕は姿を隠すのを止め、ベンチに座る男の所に歩いて行った。


「教祖様! ……じゃないのか。ガキに用はない。邪魔だからあっちに行ってろ!」


 どうやらこの男は教祖と待ち合わせをしているようだ。僕が教祖じゃない事が分かると男は非常に失礼な態度を取ってくる。

 だが、そんな事で引ける訳がない。何せ男が持っているスマホは神前のスマホなのだから。


「何だお前。スマホの持ち主の仲間か。痛い目に遭いたくないだろ。今だったら許してやるから早く行っちまえ!」


 その場から動かない僕に男は段々苛立ちを募らせていく。

 帰るのは良いけど、その前にスマホを帰してくれ。それは大切なスマホなんだ。


「あっ!? うるせえなぁ。どっか行けって言ってんだろ!」


 男が立ち上がり、僕を小突く。男に押された僕はヨロヨロと後退りしてしまうが何とか踏ん張る事ができた。

 あぁ、やっぱり話し合いにならないか。しょうがないな。


「初めっからそう言ってるでしょ? 人のスマホを奪う人と話し合い何てできるはずないチュー」


 何故急にネズミ? 絶対今まで語尾のこと忘れてただろ。


「忘れてないチュー。それでどうするニャン?」


 おい! 混ざってるぞ。

 仕方がない。力ずくで取り返すか。協力してもらうぞ。


「了解だワン!」


 完全に遊びモードに入っているフォルテュナだが本当に大丈夫なのだろうか。でも、僕一人ではどうにもできないのでフォルテュナを信じるしかない。


「普通の人間なんだから前に絡んできた男たちと同じように火でも出せば逃げて行くわよ」



燭台の紅焔イグレア!!』



 僕が大して狙いを付けてないのにフォルテュナが魔法を使ってしまった。

 手から出た炎の塊は狙いを定めていなかった割にちゃんと男に向かって飛んで行っている。


「何だ? 魔法か? だが、この程度の炎では私に傷を付けることはできんぞ」


 はっ!? 男が炎の塊を蹴り飛ばしてしまった。炎だぞ? 魔法だぞ? なんでそんな事ができるんだ?


「魔術が使えればこの程度の攻撃弾き飛ばすのは訳ない。それよりもお前も魔女とやらを持っているのか? ついでだ。渡してもらおうか」


 魔術? そう言えば神前が教祖は魔術を使っていたと言っていたな。この男も使えるのか。


「人間の癖に魔女業界一可愛い私に逆らおうなんて百年早いのよ。その驕った考えを矯正してあげるわ」


 何度も言っているが何だよその魔女業界って? いつの間にそんなのを作ったんだ?


「そんな細かい事はどうでも良いのよ。早く狙いを定めなさい!」


 フォルテュナに促され、僕は素早く男の方に狙いを定める。



岩漿の紅焔イグレオール!!』



 肩が抜けるかと思うほど物凄い威力の炎の塊が僕から放出された。

 ちょうど男の体が全部隠れてしまうほどの炎は男に衝突すると、天にまで届き、空を焼いてしまっているんじゃないだろうかと思えるほどの火柱を出現させた。

 僕の所まで襲ってくる熱波に耐えきれず、僕は近くにあった木の所に退避し、体を隠す。

 こんな強力な魔法を撃ってどうするんだ。神前のスマホが壊れてしまっているかもしれないじゃないか。


「えっ!? だ、大丈夫よ。エヴァレットだって危ないと思ったら何らかの魔法で防御するでしょ?」


 絶対にそんな事考えていなかったな。それにスマホを持っているのが神前じゃないから魔法は使えないんじゃないのか?


「大丈夫よ、大丈夫。エヴァレットはできる子よ。信じてあげなくてどうするのよ」


 何か僕がおかしいみたいな言い方だけど、絶対あんな威力の魔法を使ったフォルテュナが悪いんだからな。

 もしスマホが壊れていたら神前に謝るのはフォルテュナにやってもらおう。


「あっ! 充電がすっごい減ってる!!」


 スマホを見ると三十パーセント台になっていた。GPS機能を使ったりして充電を使ったのだが、魔法二発でこれは減り過ぎだ。どんだけ威力を高めたんだよ。


「えへへっ!」


 こう言う時の照れ笑いは可愛くないんだよ。

 それにしてもどうするんだこれ? スマホの破片すら見つからない可能性があるぞ。


「何かお探しかな? 私で良ければ手伝ってあげるのだが?」


 急に木の陰から声が掛かった。その方を向くと火に焼かれたはずの男が平然とした感じで出てきた。

 は? なんであの男が生きてるんだ? 今の攻撃を躱したのか?


「多少焦げてしまったが、この通り無事だ。おっと、お返しするのを忘れていたよ」


 男の蹴りが僕の腹部に突き刺さると、僕は弾き飛ばされ、公園の端にある壁にぶつかってやっと止まった。


 ゲホッ!!


 壁にぶつかった影響もあり、肺に入っていた空気がすべて出た。


「あったまきた!! 私の全力でぶっ殺してやるわ!!」


 待て、待て、待て。充電の残りを考えろ。残り三十パーセントぐらいしかないからそんな強力な魔法は使えないぞ。


「充電器ですぐに充電できないの?」


 無理だろ。その間に攻撃されて終わりだ。

 それにしてもとても人間と思えない攻撃だけど、どうやってるんだ?


「魔法で言うと身体強化かしら? それ以外思いつかないわ」


 強化した体で攻撃を避けたり、壁まで吹き飛ばす攻撃をして来たりしているのか。

 その強化って魔法で解除できないのか?


「魔法と魔術じゃ根本的に違うからね。ちょっと難しいわ」


 打つ手なしか。魔法も使えて後一、二回。ヤバいな。

 状況を考えると額から汗が流れ落ちる。


「さて、そろそろスマホを渡してくれる気になったかな? ちなみに逃げようとしても無理だから勘違いしないように」


 逃げる事は……本当に無理だろうな。あのスピードで追って来られてたらとても逃げ切れる自信がない。


「何とか接近して。タイミングはこっちで勝手に図るから」


 そう言われてもな。それすら難しいんだよな。

 だが、泣き言ばかり言っていても事態は好転しない。僕は覚悟を決め、男に向かって地面を蹴った。


 僕の攻撃などギリギリで躱せば十分と言わんばかりに僕の攻撃が始まってから男は回避する。普通なら当たっている攻撃も男の前では空を切る。

 そして男の攻撃で一気に劣勢に。一発一発が重くガードしていても体の芯に響いてくる。

 男はスマホをポケットに仕舞って両手で攻撃をしてきている。そうか、男は魔法を使う訳じゃないからスマホを持っている必要はないのか。


 男の攻撃に段々と僕はガードをしているのも辛くなってくる。

 だが、その時、急に辺りが暗くなった。

 夜の闇とは比べ物にならないくらいの暗さだ。だけど、僕には周囲がどうなっているのか良く分かる。何か不思議な感覚だ。

 だけどこの感覚は前にも感じた事がある。エヴァレットが旗持さんを逃がさない時に使った暗闇の魔法と同じ感覚だ。


「今の内よ。スマホを奪って逃げましょう!」


 どうしてエヴァレットの魔法が発動しているのか分からないが、僕の姿を完全に見失っている感じの男のポケットからスマホを奪い取り、公園から脱出する。

 何度も後ろを振り向いて確認するがどうやら男は追ってきてないようで、何とか逃げ切れたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る