第26話 眠れない夜
「魔女か……」
僕は湯船に浸かりながら独り言ちる。
フォルテュナやエヴァレットは何を思って生きているのだろう。何を思ってスマホの中に住んでいるのだろう。
外に出たいと思わないのだろうか。元々は僕たちと同じように生きていたはずなので、外に出たいと思っても不思議じゃない。
それでも彼女たちは外に出る事もなく、スマホの中に住み続けている。
何を思って今を生きているのだろうか。今度聞いてみても良いかもしれない。
そう言えば旗持さんが魔女を持っている人は十人ぐらいいるとか言っていたな。
僕、神前、串間、旗持さん、それとレメイの五人が確実に魔女を持っている人物か。となると後は知らない人が五人と言う事か。
旗持さんが何時人数を確認しての十人と言ったか分からないけど、その後に魔女を持ってしまった人がいるとすればプラス数人か。
僕や神前が魔女を使って何かをすると言う事はないけど、レメイのような事もあるし旗持さんのように世界を変えようとする人がいるかもしれない。
そう考えると魔女には元居た所に帰ってもらうのが一番良いんじゃないだろうか。
フォルテュナを簡単に手放す事ができるか?
そう問われれば今の僕には即答はできない。
出会ってからまた数日で、余計な事ばかりして僕のスマホの操作を邪魔してくるフォルテュナだが居なくなると思うとやっぱり寂しい気がしてくる。
だけど、どこかで決断しないといけないだろう。彼女たちには悪いが、今のこの世界で魔女が生きていくにはこの世界は狭すぎるのだ。
ぴちょん!
天井から水が滴り、湯船から澄んだ音がお風呂場に響きわたる。
いろいろ考えていたら結構長い時間、お風呂に入っていた気がする。湯船から立ち上がるとクラッとしたのでのぼせてしまう寸前だったようだ。
お風呂を上がり部屋に戻ると、神前が魔女たちと談笑していた。
「あっ! やっとお風呂あがった? じゃあ、私がいただくね」
待ってましたとばかりに神前がお風呂場に急いで行く。パジャマは母さんから借りた物を渡したからそれを着てもらえればいいだろう。
「コーリン、長風呂だったにゃー」
また変な事をして遊んでるな。そう言うのはギャップがある人がやるから萌えるのであってフォルテュナでは微妙な感じだ。
「に、にゃー」
エヴァレットが腕を後ろに回し、顔を赤らめながら視線を外して言ってきた。
これだよフォルテュナ。こういう恥ずかしながらも我慢をして言う感じが良いんだ。
「何よ! ただSなだけじゃない。見てなさい! グッとくる語尾にしてやるから」
いや、そんな無理やり変えた語尾に萌えたりはしないぞ。
それよりも神前も居ないし、良いチャンスだ。フォルテュナたちが今、何を思っているのか聞いてみる事にする。
「何も考えてないわよ。ただ毎日楽しく過ごしてるだけだもん」
フォルテュナはそんな感じだろうな。では、エヴァレットはどうなんだろう。
「同じ」
エヴァレットも同じか。魔女ってそんな物なのかな。
「そんな物よ。長い時間生きてるんだもん。将来どうしたいとか考えないし、その時楽しければ良いって魔女がほとんどじゃない?」
その欲望が爆発した結果が殺人事件や世界を作りかえるって事か。
フォルテュナたちは旗持さんが語っていた魔女を持つ者が支配する世界って言うのをどう感じたんだろう。
「別に。何も思わないわよ。そう言う世界を作りたいなら作れば良いわ。ただし、私の邪魔になるようなら全力で阻止するけどね」
良い笑顔だ。本当に自分に害をなすと思ったら僕の意見なんて聞かずにフォルテュナは動くだろう。
じゃあ、僕がアプリを削除しようとしたらフォルテュナはどうするんだろう。
「コーリンがそうしたいならすれば良いんじゃない? アプリを削除されたからと言って死ぬ訳じゃないし。それにアプリを削除する操作だけはなぜか邪魔できないのよね」
そうなのか。僕は徐にアプリを操作し、削除画面まで進んでいく。
『削除しますか?』というメッセージが表示されているが、確かにフォルテュナが邪魔をしてくる事はない。
『はい』のボタンを押せばフォルテュナは消えてしまうのか。いざという時、僕はこのボタンを押す事ができるのだろうか。指が少し震えているのが分かる。
ドン!
という音に思わず指が動いてボタンを押しそうになってしまうが何とか堪える。
何てタイミングで音を出すんだと思い、振り向くと神前がお風呂から上がって部屋に戻ってきた所だった。
「ただいま。良いお湯だったわ。ん? そんな驚いた顔をしてどうしたの?」
お風呂から上がった神前は上気した顔しており、ほんのり赤くなっていた。シャンプーの良い香りが僕の所まで香ってくる
「ちょっと! そんなに見えないでよ! すっぴんだから恥ずかしいのよ!」
僕からしてみれば微妙な違いでしかないと思うが、神前はタオルで顔を隠してしまった。
そんな事は良いとして、僕は真剣な顔をして神前を促し、ベッドに座ってもらう。
「な、何よ。改まって。ま、まだ心の準備が……」
心の準備? 何を期待しているのか知らないが、そんなものは必要ない。ただ、今後の事を話したいだけだから。
「それならそうと早く言いなさいよ! 緊張しちゃったじゃない!」
枕が飛んできた。勝手に神前が何かを勘違いしただけじゃないか。枕をベッドに戻し、もう一度座り直す。
神前に話したかった事と言うのは学校のサーバーの事だ。旗持さんが気付いているか分からないけど、学校のサーバーは壊しておいた方が良いと思う。
他のサイトでアプリをバラまかれていたら仕方ないが、今の所そう言った感じはしないので、これ以上、被害を増やさないためにもリンクが修復される前に完全に使えなくしてしまった方が良いと思う。
「うーん。そうね。気付かれたらリンクを修復されるかもしれないものね」
今日は無理だけど、明日の二十時ぐらいでどうだろう? 神前は一緒に来れるのかな?
「ちょっと遅い時間だけど事前に言っておけばお母さんもそんなにうるさくは言わないから大丈夫よ」
そうか。それなら決定だ。明日、学校に行ってサーバーを壊そう。
……
僕は自分が話した事を話してしまったし、神前も特に何かを話して来るわけでもなく二人の間に微妙な空気が流れる。
何だこの空気は。これではまるで新婚初夜ではないか。
駄目だ。このまま黙っていてはさらに緊張してしまう。そう思って声を発すると、
「「あの……」」
僕と神前が同時に声を出した。しかも神前と目が合ってしまい、余計に気まずい雰囲気になってしまう。
ヤバイ。神前が凄い可愛く見える。何かを話さないとこのまま雰囲気に流されてしまいそうだ。
そ、そうだ。神前にもスマホのアプリを削除して魔女を消していくって言うのを言うか? でも、僕も魔女を消すって決心が付いた訳じゃないしな。
フォルテュナやエヴァレットは消される事に抵抗はないと言っていたが、ここまで一緒に生活をしていたのだ。そんな簡単にさようなら何てできるはずがない。
じゃあどうする? 悪い事をしそうな魔女だけを削除していくのか?だが、僕に魔女を削除していくなんて権利があるんだろうか。
「わ、私。話していたら湯冷めしちゃったみたい。もう一度お風呂入り直して来るね」
この空気に耐えられなくなったのか、神前が立ち上がり、部屋から出て行こうとすると、母さんと千景が転がり込んできた。また話を聞いていたのか。
「か、母さんは下で寝て居たら物音が聞こえたから来てみただけよ」
それなら盗み聞きじゃなく普通に部屋のに入って来て様子を窺えば良いじゃないか。
「わ、私は礼華お姉ちゃんに初めての感想を聞こうとしただけで……」
えっ!? そうなの? ってまだ高校一年生だ。それほど遅いと言う訳でもないだろう。
「ちーちゃんとは少しお話が必要みたいね。話が終わったらお風呂に行ってくるわ」
「えっ!? 何? 礼華お姉ちゃん怖い……って痛い! 痛い!」
ここからでは良く分からなかったが、神前が千景の耳を引っ張って出て行ってしまった。あの感じだと長くなりそうだな。でも、いつの間にあんなに仲良くなったんだか。
神前が行ってしまったので僕は寝る準備をしておく。すぐに寝てしまっても良いのだが、神前が帰って来た時にどうせ起きてしまうだろうからな。
ふぅ。
大きな溜息が自然に出てくる。
「言わなくて良かったの?」
スマホの方から声が聞こえてくるが、僕は答える事をしなかった。
魔女を消して行った方が良いって思っているのは間違いないのだが、じゃあ、フォルテュナを消す事ができるのかと言われれば即答できないのだ。
千景との話が長かったのだろう神前が部屋に戻って来たのはだいぶ遅い時間だった。
今度は最初からタオルで顔を隠している神前はすぐに布団に入ると「おやすみ」と一言だけ言って寝てしまった。
どうやら疲れているようなので、僕は部屋の電気を消し、「おやすみ」と返して寝る事にした。
僕は朝になるまでほとんど眠れなかった。
夏の暑さのせいと言うのもあるが、やはり隣に女性が寝ていると言うのは緊張してしまって、何度寝返りを打っても寝付けなかった。
結局僕は一睡もする事ができず、目の下に隈を作りながら朝食を摂るために神前と一緒に台所がある一階に降りて行った。
「二人ともおはよー。あら? そんなに目の下に隈を作って母さんたちがいなくなってからお楽しみだったのね?」
二人とも? 神前の方を見ると神前も目の下に隈を作っており、慌ててパジャマで顔を隠した。
そんな事すればパジャマが捲れ上がっておへそが見えてしまっているのが分からないのだろうか。
「いやぁー! お風呂行ってきます!」
恥ずかしくなったのか神前は台所からダッシュでお風呂に行ってしまった。朝から元気な奴だ。
そう言えば千景の姿が見えないがまだ寝てるのか? 夏休みだからってだらけすぎだろ。
「違うわよ。ちーちゃんは今、お風呂に……」
キャァァァァァ!!
どちら声か分からない、もしかして両方だったかもしれない悲鳴がお風呂場から聞こえてきた。
これでどちらかが男だったら慌ててお風呂場に向かう所だが女性同士だ。話し合いで何とかなるだろう。
暫くして予想通り、二人仲良くお風呂場から戻って来て朝食を摂った後、神前は一度家に帰る事になった。
「お世話になったわね。今日は二十時に喫茶店で良いんだっけ?」
あぁ、間違いない。喫茶店の前でも良かったのだが、夜だし中に入って待っていた方が良いだろうとの判断だ。
母さんと千景にも挨拶をして神前は手を振って帰って行った。
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