第25話 帰宅
繁華街まで戻って来て別れ道に差し掛かった所で僕は神前に手を振って別れる。
アプリの製作者との話が物別れに終わってしまったのは本当に残念だ。だが、魔女を使って世界を変えるなんて言われたら話が物別れに終わってしまうのも仕方がないと思う。
そんな事を考えながら歩いていると後ろが気になった。僕の後ろには別れたと思った神前が付いて来ているではないか。どうしたんだ? 何か言いたい事でもあるのか?
「別に言いたい事なんてないわよ。ただ、私もこっちだから歩いているだけよ」
ん? 神前の家はさっきの別れ道を右に行った方角のはずで、こっちは僕の家の方角だぞ。
「えぇ、そうね。こっちは紅凛の家の方ね。私もそれは分かってるわよ」
神前の言っている事が僕には理解できない。僕の家の方だと分かっていてどうして神前が僕に付いてくるんだ?
「勿論! 紅凛の家に泊まるためよ。他に何があるって言うの?」
いや、何があるのって。どうして僕の家に来るんだ? 家には母さんも妹も居るんだぞ。
そんな所に同級生の女性を連れて行ったら何を言われるか分かった物じゃない。
「へぇー。紅凛って妹さんいたんだ。紅凛に似てなくて可愛いなら良いな。それにさっき言わなかった? 友達の家に泊まりに行くって」
似てないから可愛いなんて失礼な。それに確かに友達の家に泊まりに行くと連絡はしていたみたいだけど、それがどうして僕の家なんだ。
「あの時間から急に泊めてって言っても泊めてくれる人なんていないでしょ? だから私をこんな時間まで連れまわした責任を取って今日は泊らせなさいよ」
責任って言われても僕はどちらかと言えば遅い時間だから神前には帰ってもらって一人で行くつもりだったんだけど。
「酷い! じゃあ、こんな可憐な女の子を真夏の夜に放り出して野宿しろって言うの?」
自分で自分の事を可憐とか言う神前は何かムカつくが、友達の用事ができたら泊まれなかったとか言って家に帰れば良いじゃないか。
「酷い! 酷い! 私に嘘をつけって言うの? そんなことできないわよ」
神前はしゃがみ込んで泣き始めてしまった。遅い時間だけど、周りにはまだ人がいてこちらを注目してきている。
止めてくれ。何人かの人がスマホでこちらを撮影している。これは下手をすると警察を呼ばれてしまうぞ。
「良いんじゃない? 家に泊めるぐらい。何かする訳でもないんでしょ?」
フォルテュナが気楽な感じで言ってくるがそう言う訳にもいかない。確かに家に泊めたからと言って手を出したりはしないが、そう言う問題じゃないだろ。
ふと、スマホから目を離し、神前の方を向くと目があってしまった。慌てて神前は顔を覆って泣き始めているが、明らかに嘘泣きだろ。嘘をつくのは嫌じゃなかったのか。
仕方がない。何時までもこんな所で痴話げんかみたいな事をしていたら本当に警察を呼ばれかねないからな。
「やったー! でも、本当に手を出しちゃ駄目よ。私の初めてはロマンチックな感じが良いから」
言ってろ。神前には妹の部屋に泊まってもらうつもりだから手なんて出せないだろうしな。
しかし、母さんになんて言うかな。
「大丈夫。任せておいて。泊めてもらうんだものそれぐらい自分で紅凛のお母さんは説得するわよ」
それは助かる。だけど、それなら神前の母親を説得した方が良いんじゃないか?
そう思った僕だが、神前はとっとと僕の家の方に歩き始めてしまった。
どうやら神前は僕の家に泊まるモードになっていて家に帰る事など考えていないようだ。
僕は溜息を吐きつつ家に帰ると母さんと妹は居間で寛いでいた。
「凛ちゃん、おかえりー」
「凛兄、遅いよ。何時まで遊んでるんだよ」
僕の方を向いておかえりや文句を言ってくる二人だが、その姿は固まっている。
それはそうだろう。女性と言うか友達ですらここ数年家に連れて来ていなかったのだから。
「初めまして。私、花音君の学校の友達で神前と言います。よろしくお願いします」
僕と話している時とは違う丁寧な挨拶で神前は頭を下げる。
「凛ちゃんが彼女を連れてきた」
「凛兄がパンツ以外を拾ってきた」
神前を見た二人が同時に声を上げるが妹よ、何か変な事を言っていなかったか?
「変な事なんて言って無いわよ。それよりもどうしたの? こんな時間に女性を連れてくるなんて。私、テレビに泣きながらインタビューに答えるのは嫌よ」
大丈夫だ。別に拉致ってきた訳ではない。本人の意思でここに来ているんだ。
「突然すみません。友達の家に泊まろうと思ったら友達の都合がつかなくなってしまって。困っていた所、花音君に会ったら泊めてくれるって言うからお言葉に甘えて来てしまいました」
僕は一言も泊めるなんて言ってないからな。
そんな僕を神前がつねって来て会わせろと合図をしてくる。意外とその力は強く、何時までもつねられると痛いので神前に合わせておく。
「そうだったんですか。親御さんは知ってらっしゃるんですよね?」
「はい。親にはちゃんと泊まるって許可は得ています」
その泊まるって言う許可は僕の家じゃないだろ。思わず口に出そうになった所で足を踏まれ、止められてしまった。
もう痛いのは嫌なので僕は心を無にして推移を見守る事にする。
「それなら仕方がないわね。狭い家ですが泊って行ってください」
母さんは簡単に神前の言葉を信じて許可してしまった。大丈夫か? うちの母親は?
「泊まってもらうのは良いけど、神前さんは何処に寝てもらうの?」
僕としては千景の部屋が良いかなって思っている。女性同士だし何も問題ないだろう。
「勿論。凛ちゃんが連れてきたんだから凛ちゃんの部屋に泊まってもらうわよ」
おいおい、年頃の男女が同じ部屋だなんて何かあったらどうするつもりだ?
「そこは若い人同士、好きなようにして貰えればね。ちーちゃんも一人の方が良いわよね?」
「えっ? えぇ。そうね。私も一人で寝たい気分かな」
絶対に母さんが何か合図を送ってるな。
じゃあ良いよ。僕は居間でも台所でも良いから適当に寝るから
「駄目よ。一階は母さんのテリトリーだもの。夜のテリトリーに入って良いのはお父さんだけよ」
なんだそれ。今までこの家で生活してきたけどそんなもの初めて聞いたぞ。
「今までは特別にテリトリーに入るのを許してあげていたのよ。でも、今日はその気分じゃないから駄目よ。あっ! もしかして凛ちゃんは神前さんを利用して母さんと一緒に寝たいの?」
この年になって親と一緒に寝たいと思う人がいるなら紹介してほしい。母さんと一緒に寝るぐらいなら神前と一緒に寝る方を選ぶよ。
「えっ!? 私まだ心の準備できてないんだけど……。でも紅凛……凛ちゃんが言うなら心を決めるわ」
何故顔を赤らめるんだ? 一緒の部屋なだけで何もしないよ。そして何故、「凛ちゃん」と言い直した?
「じゃあ、決まりね。神前さんには凛ちゃんの所で寝て貰うと。凛ちゃんお部屋を紹介してあげなさい」
なんだか納得がいかないが、これ以上言っても無理だろう。仕方がなく僕は二階にある自分の部屋に神前を連れて行く。
それほど大きくない僕の部屋で二人寝るなら神前にはベッドを使って貰って僕は空いている所にタオルでも敷いて寝る事にでもするか。幸い夏だし寒くて寝られないって事はないしな。
「そんな気を使わなくて良いわよ。私が下で寝から。泊めて貰って申し訳ないし」
いや、泊めたのに変な所で寝かせたら後で何を言われるか分からないから、ここは大人しくベッドを使って寝て欲しい。
抵抗する神前を何とか説得し、ベッドで寝てもらう事になったらすでに遅い時間になってしまっていた。
さて、お風呂に入ってさっさと寝る事にするか。っと、そう言えば神前は着替えはどうするんだ?
「パジャマだけ貸してくれれば下着は一日だから我慢するわ」
何? 神前はパンツを替えないのか? 何かそれはそれで興奮してくるな。
「変な事考えてないで早くお風呂に入って来なさいよ。私が何時まで経っても入れないじゃない」
僕がお風呂に入ろうと部屋のドアを引くと、ドアにもたれかかって話を聞いていたのか母さんと妹が部屋に雪崩れ込んできた。
「か、母さんは何か必要な物が居るんじゃないかって心配で来ただけよ」
それなら盗み聞きなんてしないで部屋に入って来いよ。
「わ、私は凛兄の子供が生まれて来る所を確認しようかなって思って」
子供が生まれて来る所って言うのは子供が出て来る所であって、決して種付けの時ではないと言っておこう。
何を期待しているのか知らないけど、二人を追い払い、僕はお風呂に入りに行く。
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