第23話 ゲーム制作者
指定された倉庫に着いたのは二十時の少し前だった。
予想通りギリギリになってしまったが、時間の前に着いたので良しとしよう。時間を守るって事は大切な事だ。
指定された倉庫は月明かりでやっと周囲が見える程度の明るさしかなく、一歩踏み込むだけで埃が舞い、むせてしまう。
「凄い埃ね。もう何十年も使われていないみたいだから天井とかにも穴が開いているし」
神前の言う通りボロボロになっている倉庫の中には僕たちの他は誰も居ないようだ。
「なんでこんな所を指定したのかしら? 喫茶店とかもっと他の場所があったのに」
神前がハンカチで口を押えながら愚痴を零すとスマホにメッセージが着信した合図があった。
『簡単よ。他の人には見られたくないし、ここの方が落ち着いて話ができるでしょ』
メッセージを確認し、周囲を見渡すと建材の上から旗持さんと思われる人物が姿を現した。
姿はここから見えるが顔が見えず、僕が見える位置まで移動しようと一歩、踏み出すと再びメッセージが入った。
『それ以上動かないで。動くのなら私はここまま帰るわ』
何故メッセージアプリ? もしかしてエヴァレットと同じタイプなのか? それとも声を聴かれたくないための方策か?
でも、折角ここまで来て何も話さずに帰られてしまっては意味がないので、指示に従う事にする。
『それで良いわ。それで? 何か聞きたくて私を探していたんでしょ?』
こっちは普通に話して良いのだろうか? メッセージを打ち込んで会話していたら時間が掛かってしまうんだけど。
『別に良いわよ。私はこのスタイルを崩さないけど』
こっちは普通に話して良いなら良いや。旗持さんの話はメッセージを確認しながらにしよう。
まず最初の質問だが魔女についてだ。どうして魔女を持っている人と持ってない人がいるか知りたい。
『偶然よ。魔力が集まった所でアプリを入れた人の所に偶然、魔女が現れた。それだけよ』
いや、全然分からん。魔力? 僕は魔力なんて集めた覚えもない。神前の方を見るが、神前も首を振っている。身に覚えがないようだ。
『あなたたちの魔力じゃないわ。サーバーに溜めた魔力が一杯になった時よ』
は? サーバーに溜めた魔力? そんな事できるのか。でも、フォルテュナもスマホの充電を魔力に変換してたからそう言う事が可能なのか……。
そんな事を考えている時、僕の頭の中にある出来事が頭に浮かんだ。
教室で体調が悪そうに机に突っ伏したクラスメートの姿だ。もしかして、あれは魔力を奪われたから体調が悪かったんじゃないだろうか。
暑さから流れる汗とは種類の違うネットリと、それでいて極めて冷たい汗が僕の背中を伝った。
『その通りよ。アプリをインストールした人から魔力を奪い取ってサーバーに溜めていたの。だから運の悪い人は魔力を奪い取られて体調が悪くなるわ』
なんて事だ。クラスの……学校の生徒の体調が悪くなったのはアプリをインストールした影響か。
なんでそんな事を。全く関係ない人間を巻き込んで何とも思わないのか。
『さっきも言ったでしょ。サーバーに魔力を溜めるためよ。魔力が溜まれば魔女が召喚できる。そして私はその魔女でこの世界を作り替えたいのよ』
はっ!? 世界を作りかえる? 一体何を言っているんだ?
いくら魔女が魔法を使えるからって世界を作りかえるなんて事ができる訳ないじゃないか。
『そんな事ないわよ。魔女には二種類いてその中の「原初の魔女」と呼ばれる魔女を三人集めて魔術を行使すれば世界を作りかえる事だって可能よ』
「『原初の魔女』? そう言えばエヴァレットもそんな魔女がいるって事を言っていたわね」
そうなのか。エヴァレットまで『原初の魔女』の事を知っているって事は旗持さんの言っている事は本当なのか。
だけど、ピンポイントで三人を集めるってできないんだろ? 『原初の魔女』がどういう魔女か知らないけど、フォルテュナやエヴァレットが召喚されているのが良い証拠だ。
『そうね。「原初の魔女」をピンポイントで召喚はできないわね。だから「原初の魔女」以外のどうでも良い魔女が沢山召喚されてしまったわね』
どうでも良い魔女って召喚された魔女に対して失礼じゃないか。
それにその召喚した魔女が人間の体をを乗っ取って殺人事件を起こしているかもしれないのに。
『そんなのは知らないわ。弱い人間が悪いのよ。今はまだ、十人ぐらいしか魔女を持ってないみたいだけど、私は強い魔女を持っている人が上に立てる世界を作る。強い魔女を持つ者が世界の支配者よ』
暗くてよく見えないが、僕には旗持が凄惨な笑みを浮かべているように見えた。
完全に狂ってやがる。そんな世界を作って何が楽しいんだ。
『本当に分からないの? 素晴らしい世界ないじゃない。強い魔女を持っていれば何でも自分の思う通りになるのよ。もう、ビクビク怯えて夜を過ごす必要もない。人の顔色を見て生活する必要もない』
この言葉からすると旗持さんが魔女を持っている可能性が高い。しかも、その魔女は『原初の魔女』なのだろう。
だから旗持さんは強い魔女を持っている人が上に立てる世界を作るなんて言っているんだ。
だが、自分の持っている魔女が弱い魔女だったり、魔女を持っていない人はどうするんだ。
『それは自分の運命を呪う事ね。魔女を持ってないだとか、弱い魔女を引いちゃう人はそれだけの運しか持ってないのよ。ちなみに私が持っているのは「原初の魔女」の一人。後二人、何としても集めて見せるわ』
やはりそうか。旗持さんが持っているのは『原初の魔女』とか言っている魔女か。
となると『原初の魔女』って言うのは相当強い魔女なんだろうな。じゃなきゃこんなに強気になるはずがない。
『どう? あなたたちも私に協力してくれない? 世界を作り替えた後も悪いようにはしないわよ』
「馬鹿な事を言わないでちょうだい。あなたの作りかえる世界にも作りかわった世界にも興味なんて全くないわ。そんなに世界を変えたいなら自分の中の世界でも変えなさいよ」
神前がいきなり大きな声を上げたので驚いてしまったが、概ね賛成だ。そんな世界には塵ほどの興味もない
『残念ね。あなたたちだったら協力してくれると思ったのだけど……、仕方がないわね』
交渉決裂って事か。だけど、このまま大人しく旗持さんを帰す訳にはいかない。世界を作りかえるとか言っている以上このまま放置する事もできないし、あの殺人犯の魔女も何とかしてもらわないといけない。
僕が一歩前に出るのと同時に神前も前に出た。どうやら思っている事は同じのようだ。
だが、旗持さんまでの距離が遠い。このままでは僕たちが近づいた時には余裕で逃げられてしまっているだろう。
僕は小声でフォルテュナに逃げ出せないような結界が作れるか聞いてみる。
「充電は使っちゃうけどできない事はないわよ。やってみる?」
お願いしておこう。逃げられてしまっては再び会えるかどうかも分からないしな。
『
『
どうやらフォルテュナの魔法と同時にエヴァレットも魔法を使ったようだ。
フォルテュナの魔法で倉庫一帯が結界に覆われ、結界中はエヴァレットの魔法で暗闇の中にいるようだった。
僕もそうだが神前もこの暗闇の中、旗持さんの位置が完全に分かっているようで、二人そろって旗持さんの所に駆けて行く。
『
旗持さんのスマホから声が聞こえたと思ったらフォルテュナの作った結界がガラスの割れるような高い音を立て壊れ、エヴァレットの作った闇が霧散してしまった。
パラパラと降ってくる結界の欠片が月の光を反射して幻想的な風景を作り上げる。だが、その光景に目を奪われてしまっているうちに旗持さんは逃げてしまっていた。
「やられたわ。結界を壊す魔法を使ってくるなんて思わなかった。私の読みが甘かったわ」
「私も……」
二人の魔女が落ち込んでしまっている。だけど、今のは仕方がないと思う。僕も結界ではなく、旗持さんを拘束するような魔法を頼めばよかったのだ。
「いえ、それならエヴァレットの方が得意なはずだから私の魔法の選択が間違ったのよ」
神前も自分の選択した魔法が間違っていたのではないかと思い落ち込んでしまっている。
逃げられてしまった事をグチグチ言っても仕方がない。もう止めよう。
「そうね。コーリンがちゃんと私に指示をしなかったって事でこの話は終わりにしましょう」
この野郎。折角誰も悪くないって感じで終わらせようとしたのに台無しにしやがって。もうフォルテュナが失敗してもフォローしてやらないからな。
「大丈夫よ。魔女業界一可愛い私が失敗するはずないじゃない。それよりも逃げられちゃったけどどうするの?」
勿論、旗持さんはもう一度探し出す。アプリはダウンロードできないようにしたけど、いつバレてリンクを戻されるか分からないしな。
「今から追うって言うのも無理そうよね」
残念そうに旗持さんの居た場所を見つめる神前だが、確かに今から追った所で再び捕まえるのは難しいだろう。
「それじゃあ、帰りましょうか。ここからだと家まで結構時間が掛かっちゃいそうだし」
そうだな。繁華街からここに来るまでも結構時間が掛かったから、ここから家までだと結構掛かってしまう。
倉庫を出ると昼間よりはましだけど、それでも暑い夜道を家に向かって歩いて行った。その時、何か倉庫で動いたような気がしたが、どうやら気のせいだったようだ。
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