第20話 待ち伏せ

 僕は繁華街で神前と別れると、もう一度バスに乗って宇城さんの家に戻った。


「何か忘れものでもしたの? また戻ってくるなんて」


 神前は門限の関係で家に帰ってもらったけど、僕には門限がある訳ではないので宇城さんが戻ってくるのを待つ事にしたのだ。

 この往復の間に宇城さんが家に帰って来てしまったらという心配があったのだが、家の灯りを見る限り宇城さんが家に帰ってきている様子はなさそうだ。


「どうやらまだ帰って来てなさそうね。それで? ここでずっと待つ訳?」


 基本的にはそうなるが、家を監視でき、人に見つからなそうな場所に移動して待っていた方が良いだろう。

 陽が落ちてしまっているが外はまだ暑く持って来ていた水もほとんど残っていない。

 近くにコンビニがあったはずなので、もう一度水を買いに行った方が良いかなって思っていると、こちらに向かって歩いてくる女子高生の姿が目に入った。


 戻って来たか。予想以上に早く戻って来てくれて助かった。最悪時計の針がてっぺんを回るくらいまでは粘ろうと思っていたのだがそんな事をする必要もなくなった。

 僕はフォルテュナに結界を張るようにお願いすると、



人避けの鉄格子アーレク!!』



 周りの雰囲気が変わったような感じがするが、じゃあ、どこが? と言われても良く分からないけど。


「大丈夫よ。私が魔法を使ってるんだもの。失敗したなんて有り得ないわ。それで? あの女子高生を襲うの?」


 僕は女子高生を襲う為に結界を張ってもらった訳じゃない。あっ、でも、あの女子高生がレメイだったら襲う事になるのか。

 取り敢えずここからでは暗い事もあって女子高生の顔が見えないので、僕は警戒をしつつも女子高生の前に出て行く。

 ある程度近づいた所で女子高生も僕の存在に気付き、警戒したのか立ち止まってしまった。


「何? あなた。退いて欲しいんですけど」


 ちょうど街灯と街灯の間で陰になっている所で女子高生が止まってしまったので、顔が確認できない。


「変な事しようとしているなら大声をあげるわよ」


 どうやら僕の事を変質者か何かと勘違いをしているらしい。こんな紳士高校生を捕まえて失礼な話だ。

 このまま大声をあげられてしまっても女子高生の確認ができないどころか警察のお世話になってしまうかもしれないので、まずは敵意がない事を表しておく。


「僕は柳舘さんから聞いて宇城さんを探していたんだ」


 友達の名前を出したおかげで少し警戒を解いてくれたが、まだ、完全に信用を得られている感じではない。


「世里から聞いて? あなたと世里はどんな関係? 私はあなたの事なんて知らないんですけど」


 どんな関係と言われれば、昨日喫茶店で数分話しただけの関係なのだが、そんな事正直に言えるはずがない。

 うむ。中学校時代の友達とでもしておこうか。


「ふーん。中学校の時の友達ねぇ。で? その友達が私に何の用?」


 話は聞いてくれるようなので、僕はここに来た経緯を宇城さんに説明する。


「アハハ! 私が魔女? あなた頭大丈夫? 鉄格子の付いた病院に行った方が良いわよ」


 散々な言われようだが、宇城さんが襲ってくる事もなければ魔女に操られているような感じもない。操られていても自我は残っているのだろうか。


『魔女が一時的に支配を弱めていれば今まで通りの行動はできるわね。だから確実に魔女に操られていないと分かるまで気を抜かない事ね』


 確実に分かるまでか。どうやったら分かるんだろう。スマホを見せてもらったとしても魔女が姿を隠してしまっていたら分からないしな。


「ねぇ、もう良いでしょ? そこ退いてくれる? 私、家に帰りたいんだけど」


 クソッ! 顔さえ見えればレメイに操られていた女子高生か確認できるんだが、女子高生はその場から動いてくれない。

 かと言ってこれ以上、近づいてしまったり、前の道を塞いでいると大声をあげられてしまうかもしれない。

 その時、僕の頭に確認する方法が思い浮かび、急いでフォルテュナに魔法を使ってもらう事にする。


『そんな事で本当に分かるの?』


 僕の案に疑問を浮かべているフォルテュナだが、僕は確実に分かると言う自信がある。だからやってくれ。

 フォルテュナは半信半疑の状態で僕がお願いした魔法を行使した。



夕凪の鎌鼬ウェンス!!』



 僕がお願いしたのは風の魔法だ。だが、それは鎌鼬を作って宇城さんを攻撃する為ではない。

 狙いを定めなかった為、ちゃんと宇城の所に行くか心配だったが、地を這うように出て来た風は見事に宇城さんの方に流れて行き、足元まで来ると急に上方向に向きを変えた。


「キャァ!」


 可愛らしい声と共に制服の短いスカートを抑えるが、あまりにも遅い。

 顔がよく見えない状況でも僕がパンツを見逃すなんてある訳がない。

 巻き上げられたスカートの下から見えた宇城さんのパンツは紫色のTバックだった。正面からだったのでTの部分は見えないが、あの形状は間違いなくTバックと言って間違いない。

 この事から分かるのは宇城さんはあの時襲ってきた女子高生ではないと言う事だ。


『どうしてそんな事言いきれるのよ? たまたま今日はTバックだっただけかもしれないじゃない』


 ふっ。フォルテュナもまだ若いな。パンツで人物を識別できないなんて。パンツは人の顔と同じように一人一人違うのだ。


『えぇー。だってパンツって既製品でしょ? それなら同じパンツを持っている人も居るじゃない』


 これだから何も分かっていない魔女ってのは困る。パンツは何度も履いているとその人の個性が出てくるのだ。僕ぐらいになるとその個性が見分けられる。


『でも、新品だったらどうするの? 個性何て出ないわよね?』


 ……さて、宇城さんがあの時の女子高生じゃないと分かった所で帰るとするか。


『ちょっと! 新品の時はどうなのよ! 答えなさいよ!』


 五月蠅い魔女だ。そんなもの勘だよ。経験が教えてくれるんだ。


『パンツを見続けた経験ってどんな経験よ! コーリンは何? 将来パンツ鑑定士にでもなるつもり?』


 何? そんな職業があるのか? それなら一度ちゃんと調べた方が良いかもしれない。大学もあるといいな。入試が実技試験なら合格する自信はある。

 いかん、いかん。僕がパンツを見てしまった事で宇城さんが僕を睨みつけている。暗闇の中、猫の目が光っているみたいだ。


「じゃあ、僕は帰るよ。柳舘さんによろしくね」


 僕は怪しまれないように敢えてゆっくり歩き、曲がり角を曲がるとダッシュをして距離を取った。

 何回か角を曲がって来た道を確認してみたが、宇城さんが追ってきている様子はない。どうやら無事に逃げれたようだな。

 しかし、おかしいな。柳舘さんにはちゃんとパンツの特徴を伝えたのに人違いだなんて。


「あの様子だとパンツの特徴を聞いて思い出した訳じゃなくて違う所で思い出したんでしょ? パンツの特徴で分かる人なんていないわよ」


 そうなのか? 世の中には奇特な人も居るものだ。


「ちなみに『奇特な人』は『奇妙で変わっている人』って意味じゃないわよ。『感心するほど特別に優れている人』って事だからね」


 魔女に日本語を指摘されてしまった。じゃあ、今の場合は『変わった人』とか『奇妙な人』って言うのが正しいのか。

 それは良いとして困ったな。また手掛かりがなくなってしまった。もう一度、神前にお願いして柳舘さんと話した方が良いのか?


「他に戦っていた時に覚えてる事はないの? ただ会うだけだとこの前と一緒よ」


 うーん。パンツ以外印象に残ってないんだよなぁ。と言うかパンツ以外はほとんど忘れてしまってるんだよなぁ。


「ある意味凄い才能よね。でも、礼華には話しておいた方が良いんじゃない? まだ明日も探すつもりだったろうし」


 そうだな。神前には連絡しておくか。その上で明日、もう一度会ってどうするか相談する事にしよう。

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