第17話 作戦会議
僕が神前のメッセージに気が付いたのは充電がやっと終わるぐらいの頃だった。
フォルテュナは充電中寝ていたためメッセージには気付かなかったらしく、僕もスマホから離れていたので気付くのが遅れてしまった。
僕がレメイに襲われる少し前、神前も他の宗教家の人に襲われていたらしく会って話がしたいと言う事だった。
流石に気付いたのが夜だったので次の日に会うと言う約束にして僕が喫茶店に来たのは次の日だった。
「あっ、来たわね。変態さん」
会って早々何て呼び方だ。僕は変態なんて呼び方で呼ばれる覚えはないぞ。
「へぇー。そうなんだ。女子大生が残していったアイスティーを喜んで飲み干すのは変態のやる行動じゃないんだ」
明らかに僕の事を軽蔑しているような眼で僕の方を見てくる。
なっ!? なぜそれを知っている! あの時、神前は店の外に出ていて見られていなかったはずだ。
僕の行動を見ていたとしたら……、ハッっと気が付き、僕は慌ててスマホを見るがチクったであろう張本人はスマホから姿を隠している。
「話はしたいんだけど、私には近づかないでね。それと私は自分の頼んだ物はちゃんと飲み干していくから」
フォルテュナの野郎、神前に余計な事を言いやがって。
兎に角、神前の誤解を解かないと。いや、誤解ではないんだけど、このままでは僕のイメージが変態で固定されてしまう。
女子大生の残したジュースを飲んだのはあれだ。残してしまってはお店の人に申し訳ないと言う僕の勿体ない精神から来たもので、決していやらしい意味で飲んだ訳ではない。
「ふーん。勿体ない精神ねぇ……」
神前の顔から信じると言う感じが一切しない。僕がここまで力説しているのになぜ分かってくれないんだ。
「じゃあ、戦っている時に見えたパンツのせいで攻撃されてしまったって言うのは?」
フォルテュナ出てこい! 小一時間ほど説教してやる。
しかし、フォルテュナは一体どこまで話しているんだ。こんな簡単に情報が漏れてしまうならメッセージアプリ使用禁止令を出した方が良いかもしれない。
神前の僕を見る目が痛い。これはどう言った所で誤解が解けないかもしれないが最善だけは尽くしておく。
「それはあれだ。登山家って山があったら登りたくなるって言うだろ? それと同じで目の前にパンツがあったら見たくなるじゃないか」
いや、この言い方は何か違う。これではただのパンツを見たい高校生と言う感じでしかない。
現に神前は顔を真っ赤にして、頬を膨らませ、履いてきたスカートを抑えて僕を睨みつけて来ている。いや、神前のパンツを無理やり見ようとはしないからスカートを抑えなくても大丈夫だ。
ヤバイ。ヤバいぞ。このままでは僕が変態だって言うのが確定してしまう。まだ高校生活も残っているのにそんな噂が広まってしまえば登校拒否になりかねない。
そ、そうだ。これなんてどうだ?
「目の前に女子高生が履いているパンツが見えるとするだろ? それは僕にとって最後に見るパンツかもしれない。それなら見るでしょ!」
「見ないわよ」
瞬殺だった。そんな馬鹿な。最後に見るパンツかもしれないんだぞ。見るに決まってるだろ。どうして神前には僕の気持ちが伝わらないんだ。
その時、フォルテュナがスマホの中からメッセージを見せてきた。どうやらこれを言えと言う事らしい。
「例えば今、花火が打ちあがったら思わず見るだろ?」
「まあ、見るとしましょう」
そう! この流れだ。相手から同意を得つつ僕の正当性を主張する。
良いぞ。ナイスだフォルテュナ。お前のせいでこうなってしまっているのだが、少しだけ許してやろう。
「街を歩いていて壁に丸い穴が開いていたら覗くだろ?」
「うーん。微妙だけど覗いちゃうかな」
来た! もう、勝ったも同然だ。
二度も僕の意見に同意してきたのなら三度目も必ず同意するはずだ。
「右に犬がいて、左に猫がいて、真ん中に脱ぎたてのパンツがあったらパンツを選ぶだろ?」
「選ばないわよ。犬も捨てがたいけど私は猫ね」
何故だ。犬も猫も何時だって見られるじゃないか。何時だって撫でてあげられるじゃないか。
それに比べて脱ぎたてのパンツは今だけだぞ。この瞬間を逃してしまえばこのパンツには二度と会えないかもしれないんだぞ。
「何か忘れているかもしれないけど、私も女性よ。その脱ぎたてのパンツが私のものかもしれないじゃない。それならパンツじゃなく猫を選ぶでしょ」
えっ!? 神前って自分の脱ぎたてのパンツが放置されていても気にしない人なんだ。人は見かけによらないな。
「どうしてそう言う発想になるのよ! 女性が女性のパンツを欲しがらないって言っているのよ!」
そんな物か。例えばあのパンツが男性のもんだとしたら――。うわっ! 死んでもいらねぇ。
うーん。どう言ったら良いかなぁ。僕はアイスコーヒーに口を付け、考える。考えながらもチラッと隣の席を見た所で良い事が思いついた。
「例えばここにショートケーキがあるとするだろ? その上にパンツが乗っていたらどうする? 愛でながら食べるだろ」
「食べないわよ。ショートケーキの上に乗っているなんて汚らしいじゃない」
まさかの回答だ。僕は肘を机に付き、頭を抱える。もしかして神前にパンツの素晴らしさを伝えるのは無理なんじゃなかろうか。
「そんなもの伝えて貰わなくても大丈夫よ。自分の履いているパンツぐらいどう言う物か分かっているし」
いや、神前は絶対に分かっていない。パンツが身近過ぎて分からないのだ。
どうする? 身近過ぎるのが駄目なのだから神前からパンツを剥ぎ取るか? いや、物理的に剥ぎ取ってしまえば犯罪になってしまうし、パンツの素晴らしさは伝わらない。
「紅凛そろそろ……」
そうだ! 神前にここで自分の意思でパンツを脱いでもらおう。そして脱いだパンツを僕がライオンの子供が生まれたように高々と掲げるのだ。
するとどうだ? 周りにいる男たちはパンツの威光にひれ伏してしまうはずだ。これなら神前もパンツの素晴らしさを分かってくれると思う。素晴らしいアイデアだ。
僕が席から立ち上がり、さっそく実行に移そうとする。神前は僕の雰囲気に何かを感じたのかアイスティーを飲むのを止めてしまった。
ゴクリ。
神前が口に含んでいたアイスティーが喉を通っていく。飲み込んだ時に動いた喉の動きは少し官能的に思えた。
いかん。そんな所に目を奪われている時ではない。僕が神前に声を掛けようとした時、
「お客様。このような場所であまりそのような話題は他のお客様のご迷惑になりますのでご遠慮ください」
横から僕に声が掛かった。誰かと思ってみるとそこにはウエイトレス姿の綺麗な女性が笑顔を浮かべながら立っていた。確かこの前も注文を取りに来てくれた人だ。
どうやら興奮してしまって声が大きくなってしまっていたようだ。だけど、この思いを他の人にも分かってもらいたい。
そうだ! 神前よりも年齢が上そうな……大学生ぐらいのこのウエイトレスさんなら僕の言っている事を分かってくれるはずだ。
僕は立ち上がり思い切ってパンツの事をどう思うかウエイトレスさんに聞いてみた。
「私、ノーパン派なので」
色めき立つお客さんの中を颯爽とレジに向かって行くウエイトレスさんはどこか格好良かったが――完敗だ。
ノーパンなんてイリーナぐらいだと思っていたのだが、意外にも女性には多いかもしれない。
「私は違うわよ。ちゃんと履いているもの」
結局僕の意見は誰も刺さらなかった。全身の力が抜け、倒れるように椅子に座ると口から魂が出てしまうのではないかと思えるほど溜息を吐いた。
「ちょっと。溜息なんてやめてよ。まだ話が始まってもいないんだから」
話? 何の話だ? 今日はパンツの素晴らしさを話し合うためにここに来たはずだ。それ以外に喫茶店に用事があるようには思えない。
「違うでしょ! 今日は昨日の事をお互い共有して今後どうするか話すためにここに来たんでしょ?」
そうなのか? うーん。確かにそんな話もしようとしていた気がするけど、あまり自信がない。
「もう良いわよ! 紅凛がちゃんと話す気がないなら私帰るから!」
席を立ち上がろうとする神前に僕は慌てて謝罪して引き留める。悪ふざけをしていた訳ではなく真剣にパンツについて話していたのだが、どうやら神前の機嫌を損ねてしまったらしい。
昨日の事は情報として共有していた方が良いし、今後の事も話したいので、パンツの素晴らしさを伝えるのを今日は諦め、僕は本来(?)の話に戻る事にした。
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