第16話 知らない襲撃者

 私は紅凛と別れた後、家に向かって歩いていると変な人に出会った。再び紅凛と会ったと言う訳ではない。

 目の前に立っているのは壮年の男性で、夏だと言うのにロングコートを羽織っている。もしかして変質者で、コートの中を私に見せようと立ち塞がっているのかもしれない。

 どうしよう。声を上げて助けを呼んだ方が良いのでしょうか。


「お前、魔女を持っているだろ。それを大人しく渡せ」


 私の体がビクリとする。どうして私が魔女を持っている事をこの変態が知っているんだろう。スマホを見せた訳でもエヴァレットと話していた訳でもないのに。


「そんなのはそのスマホから出る禍々しい雰囲気を感じられればすぐに分かる。さあ、大人しく渡すんだ。私が封印してやる」


 雰囲気? 私にはそんな物は感じられない。紅凛のスマホを見ても感じられなかったので、何か特別な感覚でもあるのでしょうか。

 それにしてもこの人物。一体何者なのでしょう。


「おっと。自己紹介がまだだったな。私は『イングヴェ=ハリン』。ハリン教の教祖をしており、迷えるものを導く者だ」


 うわぁー。なんかややこしそうな人が出て来たなぁ。ハリン教なんて聞いた事がないけど、宗教の名前にこの人の名前が入っているだけでヤバそうだ。


「ハリン教は数年前に私が興した宗教だ。だが、全世界に教徒はいて、たまたま日本を訪れたら魔女と言う不浄な物を持っているお前に会ったのだ」


 全世界に? そんな宗教は聞いた事はないし、数年前に興したって事から新興宗教と言う事なのでしょうか。


「神は確かに言った。魔女を殺し、封印せよと!!」


 ハリンは大きく手を広げて天を仰ぐが何か芝居ががっていて怪しさ満載だ。でも、これぐらい演技ができないと教祖になんてなれないんでしょう。


「演技ではない。私たちが信じる神――未来の私がそう言うのだから間違いない」


 はっ!? 神が未来の自分?? この人は何を言っているんでしょう。


「最初は理解できなくても仕方がない。私は死んだ後、神になるのが約束されているのだ。私は未来に神となった私と会話ができ、その教えを迷える信者たちに伝えているんだ」


 あぁ。私には全く理解できない領域だ。ハリンの言っている事が一ミリも理解できない。


「迷える者とはそう言う物だ。私の言葉が理解できないため間違いを起こしてしまう。だが、安心するがいい。迷える少女よ。私の言う通り魔女を私に渡して穢れを祓うのだ」


 絶対嫌だ。エヴァレットをこんな男に渡す訳にはいかない。それなら、


「キャァァァァァァァ!! 痴漢よ!! 誰か来て―――――!!」


 私は大きな声を上げた。昼間と言えども周りには家もあるし、誰かが近くを歩いているかもしれない。すぐに誰か助けに来てくれるかと思ったけど、何時まで経っても誰か来てくれる様子はない。


「迷える子羊とはどうしてそうも無駄な事をするのか。この周囲には魔術によって結界が張ってある。いくら叫ぼうが人がここに来る事はない」


 魔術ですって? そんなものが――って私は魔法を使えるんだった。魔法があるなら魔術があったっておかしくない……のかな?


「そろそろ諦めて魔女を渡せ。そうすれば痛い目を見る事はない」


 絶対に嫌だ。エヴァレットをこんな奴には渡せない。魔術と魔法のどちらが強いのか知らないけどエヴァレットを奪おうとするなら戦うしかない。

 スマホをポケットの中から取り出し、手をハリンに向けて狙いを定める。


「あくまでも抵抗するつもりか。そんな魔法など神である私の前では無駄だと言う事を思い知らせてやろう」


 あなたはまだ神じゃないでしょうが――と突っ込みを入れたくなる所だけど魔法を使うために我慢をする。

 ハリンは印のような物を手で作り、ぶつぶつと何かを唱えている。見た目が西洋人だし、神とか言っていたのだけど、東洋系の思想なのでしょうか。

 そんな事は今はどうでも良い。私はエヴァレットにお願いしてハリンが死なない程度に倒せる魔法をお願いする。



海の珠玉ヴィテオール!!』



 ハリンに向かってソフトボールほどの大きさの氷の塊が大量に飛んでいき、その全てがハリンに当たるのだが、ハリンは全くダメージを受けていないようだ。しかし氷はそれだけではなかった。

 ハリンにぶつかった氷はそのままハリンの体に張りつき、ハリンを氷の中に閉じ込めてしまったのだ。これならハリンは呼吸もできないし、氷で体温を奪われ、冬眠みたいになってしまうのではないだろうか。

 あっ。呼吸ができなかったら死んでしまう。死んでしまう前にはエヴァレットに魔法を解除して貰おう。


「無理」


 むっ。どうやら魔法は解除できないみたい。どうしよう。このままだとハリンが死んでしまう。私は人殺しまではしたくない。

 だが、私の心配は杞憂に終わる。氷の中でハリンが動いたのだ。呼吸もできない、冷たい氷の中でどうして動く事ができるんだろう。だが、ハリンの動きが徐々に大きくなってくると、



 パリーーーーン!!



 ガラスが割れるような音がするとハリンの体を覆っていた氷が砕け散ってしまった。

 どうして? 動けるはずがないのに……。私が怖くなって後退ってしまった分、ハリンは歩を進めて距離を開けないようにしてくる。


「どうした? もう終わりか。この程度の攻撃しかできない魔女ならそれこそ殺してしまっても問題ないな」


 さらに一歩ハリンが私に近づいて来る。駄目だ。何か勝てる気がしない。良く見ると私の足は盛大に震えている。


「逃げる」


 えっ? 逃げる? この状況で? 逃げられるの?

 周りは結界が張られていると言っていたし、私の震えている足では真面に走る事もできず、ハリンを巻いて逃げる事なんてとてもできるとは思えない。

 だけど、エヴァレットは私の思いに関係なく魔法を詠唱する。



漆黒の回廊ノクシス!!』



 エヴァレットが使った魔法によって辺りが真っ暗になった。これでは前も後ろも立っているのかすら分からない。

 そして目の前に居たハリンの姿もまた見えなくなってしまっている。

 暗闇の恐怖に私は逃げるどころか怖くて動けなくなってしまった。それこそこんな所をハリンに襲われたら避ける事なんてとてもできない。エヴァレットは何を考えているんでしょう。


「逃げ道」


 何もなかった暗闇に一筋の光が見えた。だけど、こんな暗闇に光がさしてしまったらハリンも光に向かってくるんじゃないでしょうか。


「礼華にしか見えない」


 そうなんだ。この光は私しか見えないんだ。それならと思い、私は震える足を強引に動かし、なりふり構わず光の方に走っていく。

 周りが真っ暗なためどれぐらい走ったのか全然分からない。百メートル? それとも一キロ? 兎に角光を見失わないようにだけして走り続ける。

 私の息が続かず、もう走れないと思って立ち止まった所で周囲の暗闇が晴れた。晴れた所にあったのは学校だった。どうやら私は学校までの距離を全力で走ってきたようだ。

 ハリンは? あの変態は? 辺りを見渡してもハリンの姿は見えない。


「巻いた」


 そっか。逃げ切れたんだ。走っている間もどこかでハリンが追ってくるのではないかと怖かったのだけど、安心したら一気に疲れが襲ってきてその場に座り込んでしまった。

 それにしても魔法の効かない人間が居るなんて思わなかった。

 ハリンが紅凛と出会ってしまったら私と同じ目に遭ってしまうかもしれない。そう思った私は私が体験した事を伝えるためにメッセージを入れておいた。メッセージを見ればすぐにでも返信が来るでしょう。


 紅凛にメッセージを入れた所で一息吐いた私はゆっくりと立ち上がる。

 それにしてもどうしてハリンにはエヴァレットの魔法が効かなかったのでしょうか。


『私にも分かりません。魔法を防御する魔法があるのは知っていますが、魔術については詳しくないですから』


 これは余計に紅凛と話す必要があるかもしれない。あんな事ができるのがハリンだけなら良いのだけど、他にもいたら勝てる気がしないどころか出会ってしまうだけでも危ない。


『私が生きていた頃にも魔術を使う人はいたのですが、あのような事ができる人間なんていませんでした』


 そうなんだ。ハリンは突発的にあんな力を手に入れてしまったのでしょうか。

 もし、私が魔法も知らず、あんな魔術を見せられていたらハリンの言っている事を信じて入信してしまったかもしれない。それぐらいあの力は何も知らなければ凄い力だった。

 何時までも学校の前に居ても、また、ハリンに会ってしまうかもしれないので、私は立ち上がり周囲を警戒しながら家に帰る事にした。

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