第7話 思わぬ休み

 学校に行くまでに何度欠伸したか覚えてない。

 昨日の夜、殺人現場と言う滅多に見れない、見たくもないものを見てしまったせいで寝ていても何度もフラッシュバックしてしまい、結局全然眠れなかったのだ。


「だから言ったでしょ? ぶり返すって。こればっかりは慣れないと仕方がないからね。早く慣れなさい」


 嫌なこった。こんな感覚に慣れてしまえば僕は人間である事を忘れてしまうかもしれない。


「それにしても今日は昨日にも増して人が少ないわね」


 確かに登校してくる生徒は昨日に比べると目に見えて少ない。こんなんじゃあ今日も授業はないかもしれないな。

 教室に行くと昨日よりも登校してきている生徒は更に少なく、半分ぐらいの生徒しか登校してきていなかった。更にその半分が机に突っ伏している。

 結局、元気と言うか普通に授業を受けれる生徒は僕も含めて数人と言った感じになってしまっている。


「本当に人が少ないわね。これで授業できるの?」


 無理なような気がするけど、寝不足を誤魔化すにはちょうど良いかもしれない。言ってみれば僕も体調は悪いので授業が始まるまで机に突っ伏しておく事にする。

 思わず寝てしまったのだが、昨日の事が夢に出て来てしまい、驚いて起きてしまった。どうやらもう授業のチャイムは鳴り終わっているようだが、先生はまだ来ていないみたいだ。

 その時、先生がタイミングよく教室に入ってきた。教科担当の先生ではなく、クラス担当の先生だ。


「えぇ、お知らせがあります。インフルエンザが蔓延しており休校となる事が決まりました。夏休みも近いので急遽本日から夏休みとなります。その代わり二学期が始まるのが早くなりますので注意してください」


 何と! 今日から夏休みになってしまった。おかげで八月中に二学期が始まってしまうのだが、良い判断かもしれない。あと数日授業をやった所で生徒がちゃんと登校してくるとは言えないからだ。

 それにしてもこんな時期にインフルエンザか。僕も詳しくは知らないが、インフルエンザって一年中いるってのは聞いた事がある。

 大量の宿題が生徒に配られると先生はさっさと職員室に戻って行き、夏休みが開始された。終業式もない何とも呆気ない夏休みの開始だ。


「夏休みって何日も休みになるんでしょ? 良いわねぇー」


 フォルテュナが夏休みを羨ましがっているが、フォルテュナ自身はずっと夏休みみたいなもんじゃないか。働いている訳でもなく、スマホの中で遊んでいるだけなんだから。


「遊んでるって失礼ね。私にはアイコンの管理とルルーニャのお世話って言う重要な仕事があるのよ」


 アイコンの管理何て頼んだ事ないし、ルルーニャのお世話って何だ。ただの見ずらい充電表示なだけじゃないか。


「ふふん。コーリンは知らないだけなのよ。画面を消している時にルルーニャが凄い事をしているのを」


 おい! 何だその凄い事って。詳しく聞かせてくれ!

 とフォルテュナと遊んでいる間にクラスメートが全員帰ってしまったので、僕も急いで帰る事にする。

 ただ、家に帰るのではなく繁華街に行って昨日の死体がどうなったのか確かめたい。まだ死体があったら……とも思うが、どうしても確認しておきたいのだ。


「また思い出しちゃうだけなのに」


 そんなフォルテュナの呟きを無視し、教室を出ようとした所で声が掛かった。


「ちょ! ちょっと! どこに行くのよ!!」


 反対側の入り口から入ってきた神前だ。タイミングが悪ければ入れ違いになってしまったかもしれないので、ラッキーだったがどうしたんだろう?


「どうしたんだろう? じゃないでしょ? 昨日、授業が終わったら話しましょうって言っておいたじゃない」


 そう言えばメッセージアプリにそんなメッセージが流れてきてたな。すっかり忘れていた。


「酷い!! 紅凛にとって私はその程度の存在だったのね」


 顔を手で覆って蹲り泣いてしまう神前に慌てて駆け寄る。

 いや、そう言うつもりで言った訳ではない。ただ、忘れてしまっていただけだ。神前に謝りを入れると覆っていた手を開いて舌を出してきてた。どうやら殴りたい相手がもう一人増えたようだ。


「なんで私が殴られなきゃいけないのよ。帰ろうとした紅凛が悪いんでしょ?」


 そう言われると反論の余地もない。これ以上立場が悪くなる前に神前を席に誘導して会話をする事で忘れてもらう事にする。


「そうそう、プレゼント貰ったわ。エヴァレットが泣いていたわよ」


 えっ! 泣くほど嬉しかったのか。喜んでもらえてよかった。送った甲斐があるよ。

 少し嬉しくなった僕だが、神前の顔はどこか冷めている。何か間違っているのか?


「それはエヴァレットを見て、自分で考えなさい」


 神前がスマホを僕の方に向け見えるようにしてくれた。スマホの中ではスクール水着を着たエヴァレットが立っており、胸の所には『えばれっと』と文字が見える。

 スクール水着を着ると勝手に名前が表示されるのか? なかなか気の利いた機能だ。

 それにしてもスタイルの良い女性が着るスクール水着は何か見てはいけないものを見てしまったような背徳感を感じてしまう。

 少し顔を赤らめてしまった僕だったが、エヴァレットは体を小刻みに震えさせ、顔は今にも泣きだしそうなほど真っ赤になっている。もしかして滅茶苦茶恥ずかしいのか?


「当り前じゃない。大人の女性にこんな事させるなんて相当な事よ」


 それなら着なければ良いじゃないか。泣きそうになるほど恥ずかしがってまで着る必要はないと思う。


「紅凛も馬鹿ねぇ。男性に服をプレゼントされたのよ。着ている所を見せるのが当然でしょ」


 そうなの? そんなの今度見せるって言ってしまっておけば良いだけじゃないの? 女性の感覚は良く分からんな。


「もう無理!」


 エヴァレットは我慢ができなくなり、画面から出て行ってしまった。それよりも初めてエヴァレットの声を聴いたような気がする。あまり声を出していないのかぎこちない感じだが、澄んだ綺麗な声だった。

 画面の外から戻って来たエヴァレットは元の服を着て戻ってきた。どうやら本当に僕に見せるためだけにスクール水着を着ていたようだ。僕を見る目が昨日より鋭い。

 僕が悪い訳じゃないからな。元はと言えば神前から服を貰ったフォルテュナが悪いんだ。


「なんで私のせいになるのよ! あんな一杯種類がある中からスクール水着を選ぶコーリンが悪いに決まってるじゃない」


 女性陣が僕を蔑むような視線を向けてくる。何? 僕が悪いの? お金を払ってこんな仕打ちは納得できない。

 断固抗議しようと思ったのだが、神前が話題を変えてきた。


「それよりも夏休みに入っちゃったんだけどどうするの?」


 どうするって言われてもな。今分かっている事としてはアプリをインストールした人の一部が魔女を持っているって事だからな。

 アプリの製作者がいるならどうしてこうなっているのか聞いてみたい気はするけど……。

 学校のサーバーから落としたアプリだから製作者も学校関係者何だろうけど、探す手がかりが全くない。


「そうよね。先生に聞いた所で個人情報がって言って教えてくれないだろうしね」


 何かにつけて個人情報と言ってくるが、そこまで隠さなければいけないのか疑問だ。


「そう言えばコーリンって昨日死体を見て吐いちゃったのよ」


 フォルテュナが余計な事言ったせいで、また思い出してしまった。首のない体から血が噴き出るシーンが鮮明に蘇る。


「死体? 朝、ニュースでやってた殺人事件の事?」


 朝のニュースでやっていたのか。あんな殺され方をしてればニュースにもなるよな。


「あの事件って目撃者が全くいないんでしょ? もしかして魔女が関係してるって事はないわよね?」


 思わず体がビクリとしてしまった。フォルテュナにしてもエヴァレットにしても人に危害を加えるような感じではないけど、僕たちの他に魔女を持っている人がいて人に危害を加えていると言う事もあるかもしれない。

 でも、あの殺人事件が魔女の仕業と断定できるような証拠ってあるんだろうか。


「まずはその現場に行ってみない? もう片付けられちゃってるだろうけど、何か見つかるかもしれないし」


 そうだな。夏休みになったばかりだから急いで宿題をしなくちゃいけない訳でもないし、何よりも元々僕一人で行くつもりだったからな。

 ほとんど生徒の居なくなった教室を出て学校をあとにする。今度学校に来るのは約一カ月後かと思うと少し寂しいような感じもする。

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