第8話 三人目

 今日はバスに乗って繁華街に向かう。歩いても良かったのだが、神前もいるし、予想以上に時間が掛かるのが分かったので大人しくバスでの移動だ。


「私の事だった気にしなくてよかったのに。紅凛が歩いて行くって言うなら先に行ってるだけだったし」


 そこは一緒に歩いて繁華街に行ってくれるんじゃないんだ。神前も案外友達付き合いの悪い奴なんだな。


「違うわよ。一緒に歩いていて私にまでスクール水着を強要されても困るからよ」


 待て、待て。誰がスクール水着を強要したって言うんだ。あれはエヴァレットが自分の意思で着たんじゃないか。


「最低……」


 さっきの澄んだ声とは違い、低い軽蔑するような声でエヴァレットが僕を睨んでくる。

 駄目だ僕の紳士のイメージがどんどん崩れて行ってる。


「安心しなさい。最初から紅凛の事を紳士と思ってないから」


 神前もまだまだお子ちゃまだな。僕が常にレディーファーストを心掛けている事が分からないなんて。

 今だって神前が危なくならないように道路の車道側を僕が歩ているのが分からないのか?


「そう言うのは言わないから格好良いのよ。言っちゃったら全く意味ないわよ」


 言わないと気付いてくれそうになかったしな。

 僕の紳士っぷりをアピールした所で今の内に殺人事件について聞く事にする。ニュースでやってたのは分かったが詳しい話は全く分からないのだ。


「そんな事言っても私もニュースで見ただけだからそんなに詳しくは知らないわよ。目撃者がいない事と殺されたのがサラリーマンの人って事しか知らないわ」


 そうか。やっぱり僕が見た事以上の情報は出て来ていないのか。せめて殺人犯がどんな人物なのか分かれば良いなって思っていたが、手掛かりは全くなしと言う事だ。

 念のためにフォルテュナにもあの現場で何か気になった事がなかったか聞いてみる。


「うーん。特に変わった様子はなかったわよね。普通の殺人現場に普通の死体。これで何かおかしいって思う方が不思議よ」


 あの現場を見て普通だと思える方が不思議だ。どう考えたった異常な殺人現場だろ。

 そんな話をしているうちに繁華街にバスが着いてしまった。僕は早速席から立ち上がりバスから降りようとしたが、レディーファーストはどうした? という神前の顔が見えた。

 これはあれだ。僕が先に降りて手を引いてあげようと思ったから先に行こうとしただけで、決して神前の事を忘れていた訳ではない。

 バスを降りるとその足で殺人事件が起こった現場に行く事にする。ニュースでは詳しい場所まで放送してなかったようだけど、今はSNSとかで場所を限定するのは簡単だ。そして何より昨日僕はその現場に行っているのだ。


「あった。ここよ。場所はあってそうね、献花も置いてあるから間違いわね」


 その場所は確かに僕がサラリーマンの死体を見た場所だ。現場はすでに綺麗に片付けられており、手掛かりになりそうな物はありそうにもなかった。

 神前がスマホを殺人現場の方に向け、エヴァレットに何か手掛かりとなるような物がないか確認しているが何も見つからないようだ。

 僕も同じようにフォルテュナを殺人現場に向ける。期待はしてないが、僕が見ても分からないような事が見つかればいいなと言う軽い気持ちでだ。


「駄目ね。魔女の仕業って分かるような物は残ってないわね。やっぱり普通の殺人事件じゃないのかしら」


 あれがただの猟奇殺人って言うならそれはそれで良いんだけどね。それなら僕の出る幕は全くなくなるわけだから。


「その可能性が高いけど、全く魔女が関わってないかと言われるとそうとも言い切れないわね」


 それは可能性として残っているって言う事なんだろう。この状況だけでは分からないって言うのが良く分かった。


「仕方がないわよ。エヴァレットとフォルテュナもちゃんと見てくれて分からないんだから私たちにはどうする事もできないわ」


 神前の言う通りだな。魔女の可能性は排除できないけど、ちゃんとした証拠が出てこない以上後は警察に頑張ってもらうだけだ。

 何の収穫もなく僕たちは殺人現場を後にし、繁華街に戻っていく。繁華街にまで来たので昼食でも一緒に取ろうと言う事になったのだ。


 繁華街に向けて歩いて行くと一人の男性が三人の男たちに絡まれていた。ピアスをした男に恰幅の良い男。それに頭を丸刈りにした男の三人だ。

 この男たちは見た事がある。つい先日、僕にカツアゲをしてきた男たちだ。だが、金髪の男はおらず、丸刈りの男に変わっている。

 よく見ると顔は金髪の男とそっくりなので、瓜二つの兄弟か、髪の毛を焼かれて丸刈りにしたかのどちらかだ。


「ねぇ、あの制服って私たちの高校の制服じゃない? 助けましょうよ」


 僕たちが近づいて行くと男たちも気付いたようだ。


「何だお前たちは! ってお前はこの前の奴か」


 ピアスの男が僕の事に気付いたようだ。僕は笑顔で「こんにちは」と挨拶をすると男たちは一歩後退った。

 丸刈りの男が僕の顔を見て自分の頭をしきりに気にしている。どうやら丸刈りの男は元金髪の男らしい。


「お前には関係ないだろ! 何もしねぇからどっか行っちまえよ」


 そう言われても絡まれているのは同じ学校の生徒なので、見逃す訳にはいかない。

 別に魔法を使う訳ではないが、僕は徐に腕を前に突き出す。


「ヒッ!!」


 ピアスの男と丸刈りの男が同時に更にもう一歩後退りする。どうやら魔法で攻撃された事を覚えているようで、無意識の内に後ろにさがってしまったようだ。

 このまま大人しくどこかへ行ってくれないかなって思たけど、男たちは僕の手から何も出てこないのが分かると元の強気な感じに戻ってしまった。


「焦らせやがって。何もしてこねぇじゃねぇか。おう、怪我をする前にどこかに行っちまいな」


 現金な奴らだ。仕方がないフォルテュナにもう一回魔法を使ってもらうか。

 僕がフォルテュナに向けて合図を送ると面倒臭そうに動き出した。あまりやる気が起きないようで魔法の加減を間違えて殺してしまわないか心配だ。


「一度痛い目を見ても反省しないなら殺してしまっても仕方がないんじゃない?」


 心情的には僕もそうなんだが、相手を殺してしまうと僕が捕まってしまう。そうなるとスマホの充電ができなくなってしまうので、周り廻ってフォルテュナにも被害が出てしまう。


「それは拙いわね。やっと自由になったのにすぐに引っ込んでしまうなんてごめんだわ。仕方がないから死なない程度に加減をしてあげましょう」


 そうした方が良い。ってフォルテュナは間髪おかずに魔法を行使する。



湖の珠玉ヴィテオ!!』



 僕の中を何か流れる感じがし、突き出したままだった手から氷の塊が飛び出してきた。この前見た時はソフトボール大の大きさだったが、今出て来た氷はサッカーボールぐらいの大きさがあった。

 フォルテュナの苛立ちの分、威力が上乗せされてしまったのだろうか。


「ゴフッ!!」


 前に立っていたピアスの男に氷が当たると周囲にいた二人の男を巻き込み吹き飛ばしてしまった。


「クソッ! また変な技を使いやがった! 逃げるぞ!」


 比較的ダメージの少ない丸刈りの男と恰幅の良い男が立ち上がるとピアスの男を抱えて逃げて行った。


「凄いわね。それが魔法なの? 始めて見たわ」


 神前が目をキラキラさせて僕に近づいて来る。だから近いんだって。それにしても前回はドロッとした気持ち悪い物が流れて魔法が使えたんだけど、今回はそんな嫌な感じがしなかったな。慣れてきたのか?


「あっ、忘れてた。あなた大丈夫?」


 僕に顔を近づけていた神前が男たちに絡まれていた男子生徒の安否を確認する。

 どうやら男子生徒は絡まれたばっかりだったようで、何かを取られたりはしてないようだ。だが、僕は見てしまった。男子生徒が握っているスマホの中に魔女がいるのを。


 男子生徒がちゃんと魔女と認識しているのか分からないけど、神前には伝えておく。もし男子生徒が魔法でも使ってきたらすぐに逃げないと危ない。

 たが、男子生徒は神前に声を掛けられた事に興奮し、とても襲ってくるようには見えない。僕の取り越し苦労か。


「か、神前さんと話ができるなんてなんて良い日なんだ。この事は一生忘れない」


 神前は学校では結構人気があり、ファンも多いらしい。一緒にいるとあんまりそんな風に思えないのだが、皆ちゃんと見ているんだろうか?


「紅凛の方がちゃんと見てる? 私と話せるなんて幸運なのよ。この幸せを一生の思い出にしなさい」


 そう言うのを自分で言っちゃうのが痛いんだよなぁ。


「可愛そうな紅凛。今、私に話しかけてもらえる事が幸せ過ぎて感覚が狂ってるのね」


 言ってろ。神前の事は良いとして僕としては男子生徒から少し話を聞いておきたい。これから食事をするところだったので一緒に食事なんてどうだろう?


「神前さんと一緒に食事できるの? 行く! 行く!」


 あっさりと一緒に食事に行く事になった。神前が少し引いている感じになるが、相手は魔女を持っているのだ少し我慢してもらおう。

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