第6話 モバイルバッテリー
急遽学校が休みになってしまった事で僕はモバイルバッテリーを買いに繁華街まで行く事にした。普段はバスで繁華街まで移動するのだが、時間もある事だし歩いて行く事にする。
朝は学校に着くまでフォルテュナがいろいろな話をしてきたのだが、今は大人しくしている。さっき大人しくしているように言いつけたのが効いているのだろうか。
予想以上に繁華街まで時間が掛かってしまったが、僕はモバイルバッテリーを買う前にファミレスに入って遅めの昼食を摂る事にする。
生姜焼き定食が僕の所に運ばれてきたのだが、フォルテュナが騒ぎ出す事はない。これはおかしい。あれだけ騒がしいフォルテュナがこんな長い時間大人しくしているなんて。
僕はポケットからスマホを取り出し、画面を見るが、フォルテュナの姿がどこにもない。
一体どこに行ってしまったのかと思ったが、暫くすると画面の外からフォルテュナが出てきた。
「あれ? どうしたの? 何かあった?」
いや、何かあった訳じゃないけど、ただ少し気になっただけだ。だが、僕はフォルテュナの姿に違和感を感じる。
僕が最初にフォルテュナに会った時もそうだし、さっきまでもそうだが、黒を基調としたドレスを着ていたはずのフォルテュナは白衣に緋袴と言った巫女さんのような格好になっていた。
僕の方が聞きたい。何があった?
「あぁ、この衣装? 礼華に買ってもらったの。やっぱり国特有の衣装って一度着てみたいじゃない」
礼華って神前の事か。いつの間にそんなに仲良くなったんだ。それに買ってもらったって巫女さんの衣装は結構良い値段がしたはずだ。
「コーリンと違って礼華は気前が良いのよ。お金なんて使わないと意味がないって分かっているんじゃない?」
確かに神前はフォルテュナに服をあげるような事を言っていたけど、こんなすぐ買ってあげるのは何かおかしい。
その時、メッセージアプリにメッセージが到着した音がした。その音にびっくりしたのかフォルテュナの体がビクリと動いたが、すぐに僕から視線を外し、そっぽを向いてしまった。
明らかにおかしいフォルテュナの態度に不信感を抱きつつもメッセージを確認する。
何だこりゃ。
思わず出た声に反応した周りにいた人からの視線が痛い。顔を赤くしながらもメッセージを確認すると、到底画面には収まらず、何度もスクロールをしてやっと最初のメッセージに辿り着いた。
どうやらフォルテュナは自分のアカウントを勝手に作り、神前とメッセージのやり取りをしていたようだ。しかも、その中にはエヴァレットまで入っている。
「ちょっと会話が盛り上がっちゃたのよ。その流れで服を貰っただけだから何の問題もないでしょ?」
メッセージを確認すると明らかにフォルテュナが神前に服を要求しているメッセージがあった。良くも堂々と問題ないと言えた物だ。
それにしてもエヴァレットの発言が多いな。さっき見た時は全然話してくれなかったけど、意外と明るい性格なのかもしれない。
「エヴァレットは面と向かって話す事が苦手みたい。文字だったら緊張せずに会話する事ができるんですって」
結構こじらせた性格だった。見た目は凄く綺麗な感じなのに残念だ。
数分掛かってやっと全部のメッセージを読み終わると、最後に「明日、授業が終わったら話しましょうと伝えておいて」とメッセージが入っていた。
「そのメッセージは知らないわよ。最後に届いたメッセージじゃない? コーリンに関係のあるメッセージならさすがに伝えるわよ」
確かに最後のメッセージはフォルテュナと会話している時に来てたしな。嘘を言っている訳ではなさそうだ。
それにしてもどうするかな。こんな高そうな服を買ってもらっておいてそのままって言うのも何か悪い気がする。
「それならコーリンがエヴァレットに服を買ってあげれば良いじゃない。それならお相子でしょ?」
それは僕に金を出せと言っているのだろうか。これからモバイルバッテリーも買わなくちゃいけないのに足りるかな。
「大丈夫。大丈夫。そんな高い服を買う必要がないし、適当に選んでおけばいいのよ」
自分が貰える服じゃない物だからって好き勝手言っているな。でも、どうせプレゼントするならちゃんと選んだ方が良いよな。
フォルテュナに端に行ってもらい、アプリの中から服を選ぶ。それにしても一杯あるな。一体何種類あるんだと言う中から僕が選んだのはスクール水着だった。
「マジで? 正直引くわ。魔女とは言え女性よ。女性にスクール水着をプレゼントする感覚が分からないわ」
デザインのシンプルさのせいなのか、これが一番安いんだよ。それに要らないなら適当にお礼だけ言って着なければ良いだけだ。
プレゼントの送り方が分からないのでエヴァレットに送っておくようにお願いする。
どこか汚い物でも見るような眼で僕を見てきたが、ここは気をしっかり持って無視しておく。元はと言えばフォルテュナが神前から服を貰ったせいでもあるのだから。
昼食を食べ終わってファミレスを出た時にはすでに辺りは暗くなっていた。まだお店が閉まっているような時間ではないのだが、あまり遅くなるのも嫌なので急いで携帯ショップに行く事にする。
携帯ショップに行くと凄い行列ができており、並んでいては何時間も掛かると思えた。新製品の販売でもしているんだろうか。
繁華街から少し離れてしまうが、多少歩けば電化製品を売っているお店があるのでそちらに行ってみるか。
流石に少し繁華街から離れているだけあってお店は空いており、無事にモバイルバッテリーを購入する事ができた。これで多少は安心できる。
「これで魔法が使いたい放題ね。幅が広がるわ」
幅が広がるのは間違いないが、使いたい放題ではない。なるべく早く充電できる物にしたのだが、それでもフル充電しようとすれば一時間以上か掛かってしまう。
十パーセント充電しようとしても十分ぐらい掛かるので本当に緊急で魔法が一回使えようになるかどうかといった感じだ。
「それでも持っているのと持っていないのでは全然違うんでしょ? 良かったじゃない」
それは良かったんだが、僕の財布が大変な事になってしまっている。バイトの回数を増やすしかないのかなぁ。
落ち込みながら夜道を家に帰って行くが少し近道するかと思い、脇道に入ると一気に人がいなくなったのと同時に何か嫌な感じが背中を伝ってきた。
うるさいほど賑やかだった大通りとは違い、街灯も数十メートルおきにしか設置されておらず夏だと言うのに少し肌寒い感じがする。
ぴちゃん。
急に雨が降って来たのか? 足を止め、空を見上げると夜空には雲などは出ておらず、三日月が朧げに浮かんでいる。
これだけ雲が出てないのに雨が落ちてくるなんて事があるのか?
ぴちゃん。
そう思った僕の鼻先にもう一滴雨が落ちてきた。雨を拭うとやけに温かく、少し粘り気があった。
凄く嫌な感じがする。そんな事を気にするなと心が訴えかけてくるが、どうしても気になった僕は拭った手を見ると手は真っ赤に染まっていた。
うわぁぁぁぁぁぁぁ!!
誰も居ない路地に僕の悲鳴がこだました。僕の顔に降って来ていたのは『血』だったのだ。
どうしてこんな所で血が降ってくるんだ? 尋常じゃない雰囲気に辺りを見回すと、何かが壁にもたれかかって座っているのが見えた。
恐怖に押し潰されそうになりながらもその物体に近づいて行く。
……っ!!。
今度は声すら出す事ができなかった。
そこに居たのはスーツを着たサラリーマンだった。いや、正確にはサラリーマンだった人だ。
サラリーマンの頭は道路に転がっており、首から上がない状態で壁にもたれかかっているのだ。
首からは今も勢い良く血が噴き出し、僕の頭にシャワーのように降りかかってくる。
何だ……これは……。
分からない。何も考えられない。でもこれだけは分かる。
怖い。
僕は兎に角その場から走り出した。あの場に一秒も居る事ができない。
冷静な判断ができていれば警察に連絡したのだろうが、そんな事逃げている僕の頭には一切浮かんでこなかった。
近くの公園まで全力で走り切り、公園にある水道の蛇口を最大限に開け頭から水を被る。
排水口に大量の赤くなった水が流れて行く。その様子を見て僕は失神しそうになるのを必死でこらえる。
何だったんだあれは。少し落ち着いた僕は水が流れっぱなしになっているのも気にせず、さっきの場面を思い出す。
そんなのは分かっている。あれは死体だ。首のない死体を思い出したせいで昼に食べた生姜焼きが出て来てしまった。
「はぁ。情けないわね。死体を見たぐらいで吐いちゃうなんて」
何だと? 人の死体だぞ! そんな物を急に見たら吐くに決まっているだろ!
フォルテュナの反応に思わず激高してしまう。病院で死んでしまった祖母の死体は見た事があったけど、首のない死体なんて初めてだ。
今でも道路に転がったサラリーマンの首がこちらを見ているような気がして誰も居ないのに何度も後ろを振り返ってしまう。
「この時代の人ならそう言う反応になるのも仕方がないのかもね。私なんて見慣れちゃって何とも思わないもの」
確かフォルテュナは百歳以上生きているんだったな。って事は第二次世界大戦の頃を知っているって事か? それなら死体を見た事があるのも納得してしまう。
「その時代は生きてなかったから知らないけど、魔女狩りだなんだって言ってた頃はそこら中に死体が転がっていたわよ」
おいおい、魔女狩りって十二世紀ぐらいだろ? 百年とかそんなレベルの話じゃないじゃないか。
それに中世って事は戦争もそこら中で起こっていただろうからな。実際の所は知らないけど、そんな時代に生きていたなら見慣れていると言うのも納得できてしまう。
それにしてもフォルテュナの本当の年齢は幾つ何だろう。凄く気になる。
「女性の年齢を詮索するのは止めなさい。失礼よ」
普通の人ならそんな詮索するような事はしないのだが、魔女狩りを知っているころから生きていると言われれば少しは詮索したくもなる物だ。
いつの間にか吐き気もなくなって落ち着いてきた。フォルテュナと会話をして気が紛れたのだろうか。
「初めて死体を見たんだもの。こうやって会話でもして気を紛らわせないと心が病むわよ。でも注意しなさい。必ずぶり返しが来るから」
怖い事を言ってくる。でも、こうやって会話をして落ち着かせてくれたフォルテュナの気持ちは素直に嬉しい。
「なっ! 何を言っているのよ! 私は暇だったから話しかけただけよ。暇つぶしよ。ひ・ま・つ・ぶ・し!!」
フォルテュナはそっぽを向いてしまった。
あんな所に死体があったって事は殺人事件だよな? 一体誰があんな事をしたんだろう。しかも、あんな所に死体を放置しておいたらすぐに発見されてしまうのに。
「快楽殺人じゃないかしら? 人を殺して満足したからそのまま放置して立ち去ったんじゃない?」
人を殺して……ねぇ。僕には全く分からない感覚だ。あんな気分の悪い物を見て気持ちがすっきりするなんてどうにかしている。
取り敢えず落ち着いたので家に帰る事にするか。帰り道、何度も後ろを振り返りながらだったので予想以上に時間が掛かってしまったが、何事もなく家に帰る事ができた。
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