第5話 他の魔女

 この女子生徒もスマホの中に魔女を持っていたのだ。初めて見るフォルテュナ以外の魔女は大人な感じがするし出ている所が出て締まる所が締まっている所がスタイルの良さを強調している。


「あなたもこの魔女と同じようにスマホの中に魔女がいるわよね? 隠しても無駄よ。私ちゃんと見たんだから」


 流石にこれは隠しようがないな。僕はフォルテュナに出てくるように言うと女子生徒に向けてスマホを見せた。


「やっぱりあなたのスマホの中にも魔女がいたのね。あなたはその魔女をどうやって手に入れたの? この魔女はどうしてスマホの中にいるの?」


 必死になって聞いてくる女子生徒は興奮しているのか顔を近づけてくる。近い。近いよ。女性経験の少ない僕には刺激が強すぎ、思わず赤面してしまう。


「あっ。ごめんなさい。同じような状況の人を初めて見付けたから興奮しちゃったわ」


 やっと顔を離してくれた。でも、良い匂いがしたなぁ。香水でも付けているんだろうか。


「あなた……。えっと、確か花音君よね? 花音君は時間ある? 少し話したいんだけど」


 凄いな。良く僕の名前なんか知ってるな。僕なんて同じクラスの生徒の名前すらまだ全部覚えていないのに。


「それはちょっとどうかと思うわよ。でも花音君て、上渕君の友達よね? 凄く有名よ」


 おい、上渕よ。お前何をやってそんな有名になってるんだ。お前のせいでなんか僕まで有名人になってるじゃないか。どう責任取ってくれるんだ。


「私の名前は知ってる? 私は神前こうざき 礼華れいかって言うんだけど」


 知らないはずがない。上渕が隣のクラスに可愛い女子生徒がいるから見に行こうって事で一度見に行った事があるからだ。

 その時見た神前は窓際の席に座っており、窓から入る爽やかな風がハーフアップにした長い髪を揺らしている姿が印象的だった。


「そう。知ってるなら良かった。立ち話も何だから席に座って話をしない?」


 教室には誰も居ないし良いか。僕は慣れている自分の席に座り、神前には僕の前の席に座ってもらった。シンとなった教室にこんな可愛い女子高生と二人きりと思うと緊張してしまう。

 以前見た時と同じハーフアップにした姿はとても同じ高校生とは思えないほど大人びて見えた。


「それで? 花音君はどうやって魔女を手に入れたの?」


 思わず見とれてしまっていたが、神前の声で戻ってくる事ができた。

 どうやってと言われてもなぁ。上渕に教えてもらったサイトにアクセスしてインストールしたらいつの間にかスマホの中にフォルテュナがいただけなんだよなぁ。


「へぇー。花音君の魔女ってフォルテュナちゃんって言うんだ。ちゃんと見せてもらって良い?」


 興味津々な神前は僕に顔を近づけてお願いしてくる。だから近いって。そう何度も近づかれたら僕の心臓がもたない。


「この子がフォルテュナちゃんね。私に魔女と違って少女のような姿をしているのね。よろしくねフォルテュナちゃん」


 神前がフォルテュナに向かって手を振って挨拶をするが、フォルテュナの方は反応する事がない。どうしたんだろう。照れているんだろうか。


「良く相手が魔女を持ってるって知ってそんな呑気な事を言ってられるわね。相手も魔女なのよ? いきなり何かされてもおかしくないって分かってる?」


 む? 確かにそうかもしれない。神前に迫られて、なし崩し的に話をする事になったのだが、神前の魔女が何もしてこないとは言い切れない。


「フフフッ。大丈夫よ。エヴァレットには何もしないでってお願いしてあるもの」


 僕がスマホを見せた事で神前も僕にスマホを見せてくれた。さっきも見たけど、腰まである黒髪のエヴァレットは凄くスタイルが良い。


「ふん! 見た目に騙されちゃって。男って本当に馬鹿ね。魔女業界一可愛い魔女が自分のスマホの中にいるって言うのに」


 フォルテュナがむくれてしまったのでスマホを擦って強制的に笑わせておく。本当に手のかかる魔女だ。


「フォルテュナちゃんは可愛いわね。エヴァレットは大人しいって言うかあんまり話してくれなくて少し寂しいのよね」


 魔女と言っても僕たちと同じように性格がいろいろあるんだな。確かにエヴァレットはさっきからあまり動かずにじっと僕の方を見ている。

 「は、初めまして」と少し緊張しながら挨拶してみるが、エヴァレットはコクリと頷くだけでそれ以外のアクションは取ってくれない。確かにフォルテュナに比べれば大人しい印象だ。

 話が逸れてしまったが、僕はフォルテュナがスマホの中に現れた経緯を説明する。と言っても僕もよく分かっておらずインストールしたら居ただけなので簡単な物だ。


「花音君もそうなんだ。私もアプリをインストールしたら急にエヴァレットが現れたの。話を聞いても魔女って事だけしか教えてくれないのよね」


 僕はフォルテュナからいろいろ話が聞けたからまだましな方なのかもしれない。神前はあまり魔女について話を聞いていなかったようなので僕はフォルテュナから聞いた話を神前に教えておく。


「そうなんだ。魔女って言うぐらいだから魔法は使えるのかな? って思ってたんだけど使えるんだ。やっぱりもっとコミュニケーションを取らないと駄目ね」


 いろいろな角度でエヴァレットを見るが、やはりエヴァレットからは反応がないようだ。


「そうだ。花音君のメッセージアプリのIDを教えてよ。分からない事がまだありそうだし知っている事があれば教えて欲しいし」


 交換するぐらいは問題ない。赤外線通信をしようとアプリを操作するとフォルテュナが邪魔をしてきた。

 何をするんだ。アイコンを動かされてしまったらアプリが起動できないではないか。


「ふん! ちょっと可愛い子からIDを教えてもらえるからって言ってデレデレしちゃって。これだから童貞は気持ち悪いったらないわ」


 おーーーーーい!! フォルテュナさん。言って良い事と悪い事があるのは分かっているのか?


「あっ、ごめんなさい。気持ち悪いは言い過ぎたわね」


 違う! 違う! そこじゃない。それに僕が童貞かどうかなんて知らないじゃないか。


「馬鹿ね。童貞なんて目を見ればすぐに分かるわよ。知ってる? 童貞の人って目の中に影が映るのよ」


 えっ!? そうなの? そんなの初耳だ。って童貞の話から離れろ! 間違ってないから恥ずかしいじゃないか。


「紅凛が童貞かどうかなんてどうでも良いわ。それよりも早くメッセージアプリのID教えてくれない?」


 神前の態度が急に変わったような気がするのは僕だけだろうか。だが、フォルテュナが邪魔をしてIDを交換させてくれないんだ。

 神前は何か考えているような姿勢になるとフォルテュナにある提案をしてきた。


「フォルテュナちゃん。私とIDの交換をして貰えれば私が買った服を今度あげる事ができるわよ」


「!!!」


 その言葉にフォルテュナの体が止まり、耳がピクリと動いた。どうやらフォルテュナにとって魅力的な条件なようだ。

 頭を抱えたり悶えたりして自分の中で暫く葛藤をしたフォルテュナだったが、最終的には物欲に負け、大人しくメッセージアプリを操作させてくれた。俗物的な魔女だな。


「魔女は自分に素直なだけよ。それに服をくれるのよ? コーリンが買ってくれなかった服を。私の服が貰えて友達の少ないコーリンに友達ができるって一石二鳥だって事が分からないの?」


 なっ!? どうして友達が少ないって事を……メッセージアプリか電話帳の登録者を見たんだな。確かに友達は少ないけど、それは厳選しているからだと主張しておく。

 それに服なんて高くて買えないだろ。高校生のお小遣いを舐めるなよ。モバイルバッテリーを買ったらとても服なんて買えないんだよ。


「これでOK。まあ、IDも交換できたし良いじゃない」


 いつの間にか神前はIDの交換を済ませ、早速、テストメッセージが送信されてきている。


『フォルテュナちゃんよろしくね。ついでに紅凛も』


 何故、フォルテュナがメインなのか。そして僕が「ついで」なのか。小一時間ほど問い詰めたい。

 それに神前は僕の事を「花音君」ではなく「紅凛」と呼ぶ事に決めたようだ。別に良いけど。


「細かい事は気にしない事よ。話も聞けたしIDの交換もできたしそろそろ私は家に帰るわ。何かあったら連絡するし」


 結構長い時間話してしまった。母親以外でこんなに女性と二人きりで話したのはいつ以来だろうか(ただし、魔女は除く)。

 神前は席を立つと手を振って教室を出て行ってしまった。誰も居なくなった教室は先ほどまでと違い、再びシンと静まり返っている。


 僕も帰るか。


 と言うか繁華街に行くか。お昼を廻ってしまっているので食事もしたいしモバイルバッテリーも買いに行かなければならない。

 フォルテュナに移動中も大人しくしておくように言いつけ、ポケットに仕舞うと僕も教室を出て行った。

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