第6話 勇者の決意

 門の手前で屋根から降り、物陰に隠れてラビリータの装備を解除し様子を伺う。


「あれが魔物…」


 鎧を着たミノタウルスの魔物と冒険者2人が戦っている。私が倒したのソックリだ。

他にも真っ黒な人型の影のような魔物と戦っている冒険者もいる。


「よく見て…貴女はきっとこの光景を見て覚悟を決めるはず…」


 私はどういう意味か分からなかったが、冒険者の戦闘を傍観する。


「………」


 冒険者の人達は必死になりながら戦っている。

 どうして、あんなにも必死に戦っているのだろうか。

 気になり、私は物陰から体を出して近くに行く。よく見れば冒険者の後ろには逃げ遅れた人達だろうか?この辺りに住んでいた住人がいる。


「冒険者の人達が戦っている理由は簡単だよ。後ろに守る人がいるから。貴女は前世の記憶を思い出した…でも大切な事を忘れてしまった…」

「大切なこと…」

「ごめんなさい…。妖精女王様が強引に前世の記憶を思い出させてしまったから、後遺症で心が不完全みたいなの…」


 私は前世の記憶を思い出してから、何か物事を他人事のように考えていた。

 それは、心が不完全で自分や他人に対して、どうでもよくなっていた。

 でも…目の前で傷つきながら大切な人達を助ける冒険者を見ていると、何だか胸が熱くなる。


「思い出して!貴女は勇者なの!弱きを守り!悪を討ち亡ぼす存在なのよ!」

「勇者…」


 妖精さんは私の目の前で叫ぶ。

 私の頭の中…心の中にあった黒いカーテンのようなものが開かれ、太陽の光が射し込んできたように曇っていた世界が輝き出す。


「分かった…。ありがとう、妖精さん。私は勇者…弱きを守り、悪を討ち亡ぼす者。決めたよ、妖精さん。私、勇者の石を集める旅に出る!世界を人々を守るために!」

「…うん!」


 私は門で戦っている冒険者のところへ走って行く。


「子ども…?きみ!危ないから下がって!」


 若い冒険者が注意する。

 横にいた30代ほどの冒険者が驚く。


「マリー様!どうしてこのような場所に?!」

「マリー様だって?グラントリス、領主の…」


 他の周りの冒険者も驚いている。


「そこの魔物!私はこの街『グラントリス』を治める領主の娘!マリー・オレ・グラントリスです!」

「ほ〜、わざわざ死にに出てくるとは、この街の領主の娘は頭がおかしいらしいな」

「ふふ、あなたにソックリな魔物が最近死にましたが、あなたも死にに来たのですか?」

「何?!やはり、ハーバルの奴は死んだのか!手柄を独り占めしようとするからだ、あの馬鹿め!」


 ミノタウロスは1人怒っている。


「ハーバルは角を伸ばすのと力が強いだけの馬鹿だ、死んで当然だ。ハーバルの奴を倒したのは誰だ?この中にはいないようだが…」


 ミノタウルスは周りを見渡し警戒する。


「まあ良い。ガキ、この街に妖精女王の宝具があるはずだ、領主の娘なら知っているだろう。どこにあるのか教えろ」

「もし知っているけど教えないっていたら、どうするの?」

「ガハハハ!その時は貴様を動けなくなるまで甚振って吐かせるさ!」


 周りの冒険者達が警戒し剣を構える。1番キャリアが高そうな冒険者が私の前に出て構える。

 私は前にいる冒険者を退かし、ミノタウルスに姿が見えるように前に出る。


「マ…マリー様!」

「大丈夫、少し下がっていて。ミノタウルス…甚振られるのは嫌だから、少しだけ抵抗させてもらうね」


 両手を広げ、背中に鞘を召喚する。右手に剣を出し、左手に勇者の石を持つ。


「そ、それは!勇者の石!!それに妖精女王の宝具!まさか…ハーバルの奴を倒したのは…!」


 剣の鍔を開き、勇者の石を差し込み蓋を閉める。


【ラビリ〜〜タ!!】


 ラビリータの声が剣から出る。


「『装着』」


 剣を鞘に納める。カシャーン!

 私の体は光に包まれ、ラビリータの力を持つウサギを模した装備になる。右手には細い円錐のランスを装備する。


「なんと …神々しいお姿…」

「これが勇者の力を授かった姿…」

「凄い…」

「まさか…マリー様が勇者様に選ばれるとは…」


 周りの冒険者が口々に呟く。後ろを見ればお年寄り方々が拝んでいる。子ども達はキラキラした目で見ている。


「ふざけるな!何が勇者の力だ!俺はハーバルの奴とは違うぞ!」


 両手に斧を持ち、構える。


「いくぜ!牛野郎!俺が勇者の力で、この街の皆んなを守る!」

「ぶもおおおー!」


 ミノタウルスは走って俺に近付き、斧を振り回し攻撃をしてくる。

 ラビリータの能力でスピードが上がっている俺に攻撃は紙一重で当たらなかった。


「クソ!なぜ当たらない!!」


 怒るミノタウロスだったが、周りを見てニヤリと笑う。

 まさか!この外道…!


「みんな逃げろ!!」

「ハーバルの時は周りに誰もいなかったようだな!俺は運が良い!!」


 ミノタウルスは振りかぶり斧を勢いよく投げる。

 斧は子どもや年寄りの住民がいる場所に目掛けて飛んでいく。


「くっ!」


 鞘から少し剣を抜き、納める。シャキーン!


【アビリティ〜!】


「『加速!』」


 斧がスローモーションになる。

 斧の前に行き、ランスで何度も攻撃するが止まる気配がない。


「ちくしょう!」


 剣を3回引き抜き納める。シャキーン!シャキーン!シャキーン!


【スペシャルスキ〜〜ル!!】


「『兎善極殺うよきょくせつ!」


 ランスが大きくなり斧を吹き飛ばす。

『加速』の能力も効果を失くし通常のスピードになる。


「どうだ!牛野郎!」

「チッ!だが、甘いわ!俺の斧はもう1本ある!」


 ミノタウルスが振りかぶろうとしている。


「させるか!」


 ラビリータの装備の元々の能力で一気にミノタウルスと間合いを詰め、ランスで腹に攻撃をするが弾かれる。


「何?!」

「馬鹿め!俺はハーバルと違う!奴は動き易さを重視し装備しなかったが、この鋼鉄の鎧はどんな攻撃も弾き返すぜ!オラッ!2投目だ!早く助けに行きなー!!ガハハハハハ!!」

「クソ!」


 鞘から少し剣を出し、納める。シャキーン!


【アビリティ〜〜!】


「『加速!』」


 斧を追いかけながら疑問に思う。

 どうして防がれると分かっている斧を投げたんだ…。何か狙っているのか?

 ミノタウルスを見れば、倒れている冒険者の剣を奪い取り、こちらに向かって投げようとしていた。


「つまり、3投目の剣を投げて俺に当てるのが本命…!」


 ここで斧を止める為にアビリティを使えば、3投目…4投目の剣が飛んできて死ぬ。

 しかし、剣の投擲を防ぐために斧にアビリティを使わなかったら目の前の子ども達に斧が当たる。

 俺はどうすれば…。


「マリー!!剣を使ってー!!」


 妖精さんが叫ぶ、剣を使う…そうか!

 俺は2回、鞘から少し剣を出し、納める。シャキーン!シャキーン!


【スッキ〜ル!】


「『兎夜矛矢うやむや!』」


 ランスを槍投げのように思いっきりミノタウロスに投げる。

 ランスにアビリティの『加速』の効果を与え高速で飛ばすスキル。

 高速で飛んだランスはミノタウロスの心臓の位置の鋼鉄の鎧に突き刺さる。


「ダメージはないか…!だが、牛野郎が動揺している間に」


 スローモーションで飛んでいる斧の前にいき、俺は鞘から剣を引き抜く。

 剣の鍔の勇者の石が差し込まれている、長方形の部分を触ると縦に動く仕組みになっている。

 鞘から剣を少し抜き差しした時に、この長方形の所が動いてアビリティとかを発動できるだなと、改めて認識する。

 俺は勇者の石が差し込まれている部分を2回縦に動かす。シャキーン!シャキーン!


【スキル!】


 妖精さんの声だ。


「『勇者の剣撃!』」


 剣が発光する。高速で剣で5回切り、斧はバラバラになる。

 ちょうど『加速』の効果が切れる。


「なに?!ちくしょう!」


 ミノタウルスは、そう言いながら胸に刺さったランスを引き抜こうとする。


「させるか!」


 俺は5メートルほどジャンプし、剣の長方形の部分を3回動かす。シャキーン!シャキーン!シャキーン!


【スペシャルスキル!!】


「『勇者の一撃!!』」


 体が赤いオーラに包まれる。力が漲ってくる。

 俺は剣を鞘に納め、剣を少し抜いて納める。


【アビリティ〜!】


「『加速!!』」


 空中から高速でミノタウルスの胸に刺さるランスに向かって跳び蹴りをする。

 加速の速さで一瞬でミノタウロスはガードする暇もなく、ランスに飛び蹴りが当たり、鋼鉄の鎧を貫きミノタウルスの体に突き刺さる。


「ぐあああああ!!!」


 俺は着地し『加速』の能力を解き、ミノタウロスの前に行き突き刺さったランスを掴む。


「最後に聞きたい。魔王は復活したのか?」

「ぐふっ…。ハァハァ…。良いだろう、そのうち分かる事だ…。魔王様はまだ復活していない…。ゆ、勇者の封印は思ったより厄介でな…。だが…もう間も無く復活することは間違いない!!恐怖しろ!!下等な人げ…」


 シャキーン!シャキーン!シャキーン!


【スペシャルスキ〜〜ル!!】


「『兎善極殺うよきょくせつ!』』

「ぎゃあああああ!!!魔王様バンザーーーーイ!!!…」


 ミノタウルスは木っ端微塵なり消滅した。


「魔王か…」


 俺は剣から勇者の石を抜き出し、冒険者ギルドで貰った服装に戻る。


 終わった事を横の冒険者に目配せすると、冒険者や周りの人たちが喜び出す。


「マリー様有難うございます!!」「やったー俺生きてる!!」「勇者マリー!!」「有難や有難や…」

「これが勇者の力…」「影のモンスター達が消えていっている…!」


 私は疲れたので帰りたいことを1番偉そうな人に伝え、冒険者ギルドに向って歩いていく。

 後ろでは今だに喜びの声が騒がしく聞こえる…。

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