第6話 鬼斬り丸③

丸一日かけて信濃を抜け飛騨に入った。


山深く人の気配はとうに途絶えていた。


山道は木々が鬱蒼としていて昼間だというのに薄暗かった。


新緑のトンネルを抜けると少し広い道に出た。強い日差しに見舞われて視界がぼやける。


虎千代は額に手をやって陽を避けると、鴉天狗の様に頭襟を付け、結袈裟を着た山伏達がカモシカのように岩棚を駆け降りる姿が見えた。


段蔵は神妙な面持ちでひらりと急斜面を飛び交う山伏達を睨みつけて足を速めた。


虎千代も歩調を合わせる。


山伏達は山襞を滑るようにして虎千代と段蔵の前に立ちはだかり、錫杖の頭飾りを外した。


頭飾りを抜き捨てると、諸刃が槍の様に現れた。


山伏達は相当鍛錬された刺客であると、一目で見て取れた。


「小僧を渡してもらおうか」


一人の山伏が低い声で段蔵に言うと、他の二人が素早く三方に分かれ段蔵を取り囲んだ。 


「断る」


段蔵が威嚇を含めた凄みのある声で言うや否や、錫杖が三方から一斉に段蔵に襲いかかった。


段蔵はとんぼ返り、攻撃をかわしながら手裏剣を三方に放散し、九十度にそびえる岩肌を蹴って体を反転させ、膝のばねを収縮させた。


「標的確保」


段蔵はにやりと笑って、極限まで縮めたばねの箍を一気に解放した。


空気抵抗を避け、一の字に飛ぶ段蔵が矢の様に空を裂いた。


次の瞬間、標的にされた山伏の首が飛び、切り離された胴から血が噴出した。


虎千代が軽業師の様に空を舞う段蔵に見とれていると、山伏の一人が虎千代の襟首を掴んだ。


「何するんだ!放せよ。僕だってやる時はやるんだからな」 


虎千代は山伏の腕をポカポカと殴ってやったがビクともしない。


山伏に持ち上げられ虎千代の足が浮いた。


「こら、放せって言ってるだろ!」


足をばたつかせて抵抗したが地面から体がみるみる離されていく。


「もう、こうなったら本気出すからね」


虎千代は山伏の腕を両手で掴み、引き離そうと顔を赤くして腕を伸ばす。


襟首を掴む山伏の力が急に抜け落ち、虎千代の尻が地面に激突した。


「痛って~。ほら見たか、僕の本気を」


嬉々として万歳する虎千代の手に、重みがかかる。


虎千代が突き上げた己が腕を見上げると、胴体から切り離された山伏の腕だけが虎千代の手にしかと握られていた。


「わ~!何だこれ、コラ離れろ、この、この」


虎千代は腕を大きく上下に振って山伏の腕を振り解こうとするが、虎千代の手からなかなか腕が離れない。


「もう、離れろって言ってるだろ!」


虎千代が山伏の腕と戯れていると段蔵が虎千代の腕を掴んで山伏の腕を引き離した。


ふっ~と虎千代が安堵していると


「怪我はないか」 


段蔵が尻餅をついたままたたずむ虎千代に手を差し伸べた。


「うん。僕は大丈夫」


段蔵の手を握ると、べとりした血の感触が虎千代に伝わった。


虎千代が顔を上げて段蔵を見ると、段蔵は全身に返り血を浴びて肌が真紅に染まっていた。


「段蔵さんは?」


虎千代が心配そうな顔を浮かべると


「どうもない、怖くなかったか?」


 段蔵が膝をついて血塗れの顔を虎千代に向けた。


 「ちょっと怖かったけど、でも段蔵さんがいてくれるから大丈夫だって思ってた」


 虎千代がそう言うと、段蔵は真紅に染めた顔から白い歯を零して


 「それは良かった」


 と、碧い空を背にして優しい笑みを浮かべた。


 虎千代が立ち上がり辺りを見渡すと山伏達の姿が無かった。


「あれ?」


虎千代が首を傾げていると段蔵が切り取った山伏の腕を谷に投げながら


 「谷に落とした。追手が見つけるまでには手間がかかるだろう」


 そう言って山道を先に進んだ。




 小川で血を洗い流し、着替えてから目的の祠を目指すこととした。


「段蔵さーーん。もっと、こっちで一緒に水浴びしよーうよ!!」


虎千代が十間近く距離を取って水を浴びる段蔵に声をかけた。


谷を囲む岩棚に「しよーうよー」の声が跳ね、反響している。


段蔵は叫ぶ虎千代に両手を大きく交差させて断った。

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