最終話 遊園地デート

 遊園地は、冬の平日だったせいか、閑散としていて、若いカップルや女性だけのグループが数組いただけで、待ち時間なしの乗り放題だった。私達は片っ端から絶叫マシンに乗った。時々汽車やゴーカートを挟んで、食事をして、午後も絶好調で絶叫マシンに乗った。


世子セジャ様、無理していませんか? 男性は絶叫マシンが苦手と聞きますが、私のペースについてこられるなんてすごいです!」

「そう? 僕は絶叫大好きだよ」

「本当ですか? よかった。でもさすがに少し疲れちゃいました」

「そうだね。一度に乗りすぎたかな。少し休もうか」


 私達はベンチに並んで座った。


「神田さん、下の名前、なんていうの?」


 名字で呼ばれると、なんとなく寂しさを感じる。


詩織しおりです。うたを織ると書いて詩織」

「詩織さん、綺麗な名前だね」

「梁瀬係長は?」


名字で呼んだお返しだ。


「僕は正一しょういち。正しいに数字の一。梁瀬正一やなせしょういち

「梁瀬正一さんですか、なんだか別の人みたい」


 今まで世子セジャ様と呼んでいたので日本の名前を新鮮に感じた。


「あ、そういえば、どうして私の名前がわかったんですか?」

「出会った時、すぐ名札を確認したから」

「ぬかりないですね」

「当り前だろ? 10年も君を探していたのに、まさか同じ会社だったとは」


 トクンと鼓動が跳ねた。ずっと探してたの? そういえば、私がこっちへ帰る時……。抱きしめられたことを思い出して、顔が熱くなった。


「君が帰るとき、「向こうの世界で会おう』って言っただろう? ……会えたら絶対言おうって心に決めていたんだけど……」


 鼓動が速い。どうしよう。


「僕と結婚を前提に付き合ってください」

「き……昨日会ったばかりなのに?」

「ハハハ……君と僕は初夜の床を共にした仲じゃないか」

「な、な、な、何をおっしゃって……」

「あの日、僕が君の信頼を裏切らないために、どれだけ大変な思いをしたかわかるかい? 僕は君の教官をしていたころからずっと君のことが好きだったのに」


 顔が熱い。心臓が……! 今まで男性として意識せずに一緒にいたけれど……。


「僕は君じゃないとダメなんだ。あ、そうだ、先に言っておかなければいけないな。僕の家は母子家庭で、貧しかったから財産なんかない。世子だった時とは違う。それでもよかったら、僕と結婚して欲しい」

「まだ返事してないのに、もうプロポーズですか?」


 でも、すごくうれしい。考えてみれば、王宮にいる時、ほとんど夫婦のような生活をしていた。一緒にいて安心できたし、心がやすらいで、とても楽だった。


「じゃあ、もうちょっと戻そう。僕と付き合ってください」


 どうしよう。断る理由はない。


「はい……」

「やったーーーー!!!!」


 力強いガッツポーズで喜んでいる。かわいい。


「詩織って呼んでいい?」

「はい」


 いちいちガッツポーズで喜ぶ姿がかわいい。


「詩織は僕の事、なんて呼んでくれるの?」

「係長」

「こら!」


 彼は私の首を軽く締める真似をした。私はガクッと死ぬマネをしてやった。すると、彼は


「詩織~! 殺す気なんかなかったんだよぉ! 死ぬな! 死なないでくれ~!」


 と言って私を揺さぶった。おかしくて二人で笑い転げてしまった。


「それじゃあ、私はショーちゃんって呼んでもいいですか?」


 呼び捨てにするには年が離れすぎている気がしたし、お茶目なところがショーちゃんという感じがした。


「いいね。その呼び方をするのは詩織しかいない。きみだけの呼び方だ」


 呼び方が変わっただけなのに、何か新しいことが始まる気がした。


 目の前のレンガ造りの建物にはレストランやお土産などを売る店がある。


「ショーちゃん?」

「何?」

「甘いものはあまり召し上がりませんでしたよね……?」

「ソフトクリーム、食べたい?」

「なんでわかるんですか?」

「何となく。僕はソフトクリームが大好きだから一緒に食べたいと思ってたところ。寒くない?」

「大丈夫です!」

「それなら食べよう!」


 彼はバニラを、私はチョコとバニラのミックスを頼み、屋外のテーブル席に座った。


「今日はいい天気でよかったな」

「遊園地日和ですね」


 空が青くて、太陽がポカポカしている。この人と一緒に歩んでいけば、きっとお日様の下で笑っていられる。もう、月を見て泣くことなんかないだろう。




 ***



 2018年京都。

 ユ・テハと、杏奈に手を振って、京都御所を後にした詩織は、バスの中にいた。スマホの画面上で、素早く人差し指を上下左右に動かしていた。


『“月光夜曲”を書き直して、柊木ひいらぎレンゲという名前で小説サイト「ライト&リード」に投稿したの。みんなが帰ってからのことも書いてあるよ!』


『それから、陽明君ヤンミョングン様とのラブストーリーは全部作り話よ。陽明君様は世子セジャ様から、私に手を出したら殺すって言われてたから』


「……ということにしておこう。恥ずかしいし。ショーちゃんには絶対読ませないけど、万が一知られたら大変だもの。あ、そうだこれも送ろ」


 詩織はスマホのアルバムをスクロールした。くるくると流れていく写真は旅行で撮ったものが多い。


「あ、これがいい」


 それは、韓国旅行の時、景福宮キョンボックンで撮った、詩織と夫の梁瀬正一のツーショット写真だった。そしてまた画面上で指を素早く動かした。


『私のダーリン、世子セジャ様なの』



 ***



 某大学の某研究室。


「先生、そろそろ講義の時間ですよ。あ、またツイッターやってるんですか? 年齢詐称はやめた方がいいですよ」

「ああ、杉浦くん、向こうが勝手に若いと思うとるだけよ」

「先生、私、結婚して北条になりました」

「ああ、すまんねえ。ええと、杉浦君……」

「北条です。そろそろ覚えてくださいね。私は先生のツイッターのお仲間のことまでぜ~んぶ覚えてますよ。ジンを愛してる大学生のみかんちゃん、粒あんよりもこしあんが好きな看護師を目指しているマカロンちゃん、御主人とあちこち旅してはソフトクリームばっかり食べてるユリさん、でしょ?」

「なんでそんなに詳しいん?」

「先生がいつもぶつぶつ言ってるじゃないですか」

「そうかな? あ、そうだ、ユリさんが書いた小説が連載中なんじゃけど、おもしろくてね~! 今68話。ジンが帰ったところ。うっ!」


 ドサッ……音とともに教授が倒れた。


「先生! 先生! 誰か救急車を!」


 しばらくすると、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。


「先生、もうすぐですよ。しっかりしてください!」


 その時、今まで気を失っていた教授の目がぱちりと開いた。


「王様~! 恐悦至極きょうえつしごくに存じます~!」

「先生、大丈夫ですか?」

「は? わし、大学におる!」

「ここは、大学ですよ」

「帰ったんじゃあ~! よかった~! あ! もしかして!」


 教授は携帯でライト&リードを開いた。


「ええと、あれは確かこの辺……21話! ユンシク、腕の骨折だけになっとる! わしも行ったんじゃあ! これ、ホンマじゃったんじゃあ!」

「先生、救急隊が来られましたよ。講義は休講と知らせますから、病院に行ってくださいね」



 完






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