第88話 ホミンとの出会い、別れ、そして……
彼女にはホミンという名前を付け、男の子として生活してもらうことにした。別に女の子のままで養うこともできるが、一人で行動する時の制約を考えると、男の方が断然楽しい。それに、防犯上、男の方が安全だ。
ホミンは仕事を教えると、すぐに覚え、綺麗な挿絵をたくさん描いた。男としてのふるまいも板についてきたので、得意先回りに連れて行ったら、大きな商団で男たちを取りまとめているボス、ジンさんに一目ぼれしてしまったようだ。ゴロツキ上がりで、スケベな男なので、心配な気もしないではないが、好きな人がいるというのは生活に張りが出る。ジンさんは仕事は誠実にこなしているようだから、信用はできるだろう。私だって
ホミンはいつも笑っていて、人との間に垣根を作らないから、あっという間に私の中に入り込んできた。いつもころころ表情が変わって、何を考えているのかわかりやすい子だった。
もともと小説を書いていたとかで、面白い話の構想をたくさん持っていたので、それを文章にするように勧めたら、生産が追い付かないくらい人気が出た。二人で作って、二人で売って、家族のように暮らしていたから、ホミンの喜びも悲しみも、全部自分のことのように感じていた。だから、ジンさんと両想いになれるよう応援したし、彼が
そんなホミンがある日突然消えてしまった。ジンさんの目の前で消えたのだ。向こうへ帰ってしまったとしか思えない。
ジンさんはかなり憔悴していた。ホミンに会いたいあまりに、絶対向こうへ帰るのだと意気込んでいた。でも、私は? 私はどうだろう。陽明君様と離れたくなかった。まだここにいたい。
私一人の時間が流れていった。創作のアイデアに詰まっても相談することもできず、挿絵を描いているときも後ろから覗き込む人はいない。食事をするときは黙って一人で食べ、眠るときは「おやすみ」とあいさつする人もなく、ただ闇の中で一人床につくのだ。正直、ホミンがいなくなったことがここまで自分に打撃を与えるとは思ってもみなかった。実は淋しくて、毎晩泣いていた。ホミンがそばで笑っていてくれるだけで、どれだけ元気になれたか。何より、いやなことを忘れることができていたことに気づいた。あれほど他人とかかわることが嫌だった私なのに今はそばに誰かいて欲しい。
そんな私に追い打ちをかけるような知らせが来た。コ・シアンの使いの者だった。
「
すぐにでも駆け付けたかったが、あの家の人たちは私を知っている。こっそり忍び込むことも考えたが、いけないことはしないことに決めた。ご家族と揉め事を起こしたくない。
私にできることは祈ることだけ。信心深いわけでもないのに、こういう時はそれしか道がない。私はコ・シアンに紹介してもらい、高台に建てられた由緒ある寺に行った。
僧侶に案内され、お堂に入ると、正面に美しい仏像が三体並んでいた。私は正面に立ち、深呼吸した。教えてもらった通りの作法で祈りはじめた。
はじめに、立ったまま合掌をして一礼をする。そのまま膝をつき、両掌を上に向けて前へ出し、額を地につける。どうか陽明君様がお健やかになられますようにという思いがあふれる。両手を耳の高さまで上げて下ろし、再び立ち上がり合掌した。この、「五体投地」を何度も繰り返し、祈り続けた。
どのくらい祈っていたかわからない。足は痛み、ガクガクして、身体もへとへとだったが、それでも、祈らずにはいられなかった。祈れるならもっと祈っていたかったが、暗くなるまでに帰らなければならない。自分で区切りをつけて寺を出た。
小高い場所にあるその寺は、陽明君様が夕陽を見ようと連れて来てくださった思い出の場所で、街が一望できる。まだ明るい空の端っこを夕陽がうっすらと染めていた。
『ほら、あそこが私の屋敷だ』
そう言って、陽明君様が指さしていらっしゃったのは確かあのあたり……。ひときわ広い敷地に美しい瓦屋根が連なった屋敷だ。
見つけた。……なぜか屋敷の屋根の上に人が上がっている。えんじ色の衣を両手で持って大きく振り始めた。あれは、陽明君様の衣だ。
以前、仕事で街を歩いていた時、屋根の上に人が立ち、衣を降り始め、誰かの名前を呼んでいたことがあった。翌日その家の者たちがみんな白い装束を着ていたので何が始まるのかと尋ねたら主人の葬儀だと言われた。
私の心臓は破れそうだった。この
※息を引き取った後行われる儀式の一つで、死者から抜け出た魂を呼び戻すという意味があるようです。屋根に上がり、北の方角に向かって立ち、故人の衣服を持って大きく振って叫び(故人の名前と、魂を呼び戻す言葉だと思います)、その後すぐにその服を下に投げます。韓流ドラマでは、よく王が亡くなった時にあるシーンですが、一般でもやっていたようです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます