第83話 王宮のコンサート
ある日、ポンスンがまた言いにくそうに私に切り出した。
「姫様、奥様の様子がおかしいようです。最近では常人とは思えないような行動をされるようで……
いくら私が国の客人でも、これだけ毎日通う夫の様子を見れば、ただの関係ではないと気づくだろう。外では陽明君様の護衛も私達の様子を見ているから、どこから漏れてもおかしくない。ポンスンがこんなことを言うのは相当まずい状況と判断したからだろう。やっぱり、会うのはやめようと決めた。
その日も陽明君様は部屋を訪ねてきた。
「姫、明日は、王宮の楽師の演奏を聞きに行くぞ」
行きたい! コンサートに行けるなんて! もう陽明君様とは会わないと決めたのに。ドラマや小説の主人公ならここできっぱり断るだろう。しかし、私は欲望に負ける弱い人間だ。このコンサートを最後の思い出にしようと思ってしまった。
翌日は王宮で行われる行事ということで、ポンスンがいつも以上に気合を入れて私の着付けをし、綺麗にしてくれた。最後のデートには申し分ない。陽明君様は部屋まで迎えに来てくれた。
「姫、すごくきれいだ」
「陽明君様はほめるのがお上手ですね」
「ほら、そのはにかんだ顔が好きだ。姫は最近よく笑うようになって、ますます綺麗になったよ」
そんなことをサラリと言うから女の人にモテるのだと思う。
王宮の演奏会にはたくさんの客が来ていた。私は倭国からの客人なので、ビップ扱いだ。王族である陽明君様とともに王様と王妃様の次にいい席に案内された。世子様は体調がすぐれないため、欠席だそうだ。今日は陽明君様も王族らしい素敵ないでたちで、いつまでも見ていたいくらいだった。
「奥様はお誘いしなくてよかったのですか?」
「私といる時、そのような話はしないと約束してくれぬか? このような場には決して来ない人だと誰もが知っている事だ。それに、今日は姫をもてなすように王様からおおせつかっている」
それを聞いて少しだけ心が軽くなった。
陽明君様の隣に堂々といられることが幸せだった。時々、耳元で囁いてくれる時、顔が赤くなってないか気になった。
ああ、今、隣にいる。陽明君様のすぐ隣に。
涙があふれてきた。演奏が素晴らしかったから? いや、違う。演奏は素晴らしかったけど、そのせいではない。一緒にいることの喜びと、もう一緒に過ごせないことの悲しみのせいだ。涙が止まらなかった。
「素晴らしい演奏でした」
コンサートの終了後、そう言ってごまかした。王様も王妃様も、私が喜んだと思ってご満悦だった。
「少し風にあたろうか」
陽明君様は、私が泣きすぎていると感づいたようだ。
「どうした? 何かあったのか? 姫らしくないな」
「陽明君様」
「どうした? あらたまって」
「もう会うのはやめましょう」
突然だったので、陽明君様はすぐには受け入れられない様子だった。
「なぜ急にそのような事を? 私たちは愛し合っているのではなかったか?」
「私は今からお嫁に行く身ですから、悪いうわさなどが立っては困ります」
「……」
ただ、じっと見つめられた。
「ですから、今日を最後に、もう私とは会わないと約束していただけないでしょうか」
きっぱりと言えた。
「そなたは嘘がつけない正直な子だ。それなのに、そんなに曇りなくはっきりと言い切ってしまうのだな」
「はい。この気持ちに偽りはありません」
「私のことが嫌いになってしまったのか?」
「そ、それは……」
嫌いになりましたと言うことができない。大好きだから。
「そなたは正直だな。私のことは好きだけど、もう会わない。それでいいか?」
「……はい」
私は何をやっているんだろう。やっぱり、欲望に勝てない弱い人間。
「妻のことを聞いたのだな」
そんなことを言われると思っていなかったので、驚いて陽明君様の顔を見た。苦しそうなその表情から、奥様の状態が相当良くないことが手に取るように分かる。私の心は決まった。
「はい。私が自分を許せなくてつらいのです。どうか、お聞き入れください」
「きっぱり言うのだな。苦しめてしまって申し訳ない。そこまで清々しく言うなら姫のその心を受け入れて、もう会わないこととしよう」
その瞬間、心臓に氷のくさびを打ち込まれたような気がした。
その夜、私は泣かなかった。床に入るまで、ポンスンから、家族やほかの使用人の話など、関係ないことを聞き続け、気持ちをそらした。ポンスンを帰し、床に入ってからも、これが最善の策、と、いろんな理由をつけて、よかった、これでよかったと、さんざん自分を慰めた。しかし、それにも飽きてしまうと、陽明君様との思い出が次々と浮かんできた。
初めてコムンゴを教えてもらった時は手を添えられただけで、ドキドキしたし、真珠楼に行ったときは飲みすぎておんぶされてしまい、とても恥ずかしかった。2人乗りで馬に乗せてもらった時、馬の上が高いと怖がる私を、しっかり支えてくれた。あの時の腰に回された手の感触が蘇る。夕日を見に行った時は、あまりに夕陽が綺麗だったので、本当に涙を流してしまったら、「また魔法を解きたくなった」と言ってキスをしてくれた。すべてが美しい陽明君様との綺麗な思い出だ。
目から熱いものがあふれてとまらない。感傷に浸るのも悪くないものだ。どうせなら、もっと美しく浸ってやれ。そう思った私は月が見たくなった。なかなか眠れなくて、もうみんな寝静まっているから、夜着のまま出ても大丈夫だろうかと、起き上がって夜着の乱れを直していた。その時だ。突然扉が開いて、黒装束の男が入ってきた。
怖くてすぐに声が出せない私の口をその男はふさいでしまった。そして、私を押し倒した。
助けて! 陽明君様!
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