第81話 二日酔い

「ポンスン、今日のコムンゴは体調が悪いからお休みしますと陽明君ヤンミョングン様にお伝えして」

「承知しました」


 その時、部屋の扉が開いて、ズカズカと陽明君様が入ってきた。


「今、お休みと言ったか?」

「陽明君様、女性の部屋に勝手に入ってこないでください!」

「つれないなあ。昨日のそなたとは別人のようだ」

「申し訳ございません! もう、昨日のことはおっしゃらないでください」

「いや、昨日のそなたの方がかわいかったと言っておるのだ」


 勘弁してほしい。あまりにひどいことをしてしまって言葉もないのに、頭が痛いし、気分も悪い。なのに、そんなことを言われても何と言っていいのかわからない。


 ポンスンが助け舟を出してくれた。


「姫様、ご気分は大丈夫ですか?」

「最悪です。今日は無理です」

「陽明君様、こうおっしゃっていますが」


 その日はコムンゴはお休みすることになり、陽明君様は帰ってしまった。


 そうは言っても王宮には行かなければならない。午後になるとずいぶん楽になったので助かった。剣の稽古でなくて本当に良かった。いつものように図書館(と、私は呼んでいた)に入ると、ソン先生は先に来ていた。


「今日は顔つきが違うね。顔色も悪い。気分でも悪いのですか?」

「はい。気分が悪いんです。かなりマシにはなったのですが、今日は勘弁してください。先生、お願いします。世子様に内緒で、少し休ませていただけないでしょうか?」


 私は顔の前で手を合わせて、ソン先生を上目遣いで見た。


「大丈夫ですか?」


 ソン先生が真剣に心配しているのが分かった。私はてっきり、いつもの笑顔で「しょうがない」と言ってくれると思っていたので、申し訳なくなってしまった。お酒を飲んだなんて「口裂け女」になっても言えない。


「今日はここで少し休んでからお帰りなさい。私が世子様にはうまくお伝えします。代わりに宿題を出しましょう」


 そう言って出してくれたのは、巷で読まれている物語の本だった。


「これをこの本と同じように、綺麗に書き写しておいで。書いたものを綴じれば、後で繰り返し読めるでしょう」


 何とうれしいお計らい。暇を持て余す今の私に一石二鳥、いえ、三鳥の宿題だ。


 その後、ソン先生は女官に頼んでお茶を用意してくれた。一杯飲むたびにすっきりして、おかわりを2回もしてしまった。


「よく飲むね」

「今日は特別です。このお茶がとてもおいしいので」

「ここで飲むお茶は特別だからね」


 それから机にうつぶせで休む私のそばに、ソン先生はずっといてくれた。




 私が家に帰って休んでいると、ポンスンが言いにくそうに口を開いた。


「あのう、姫様……」

「どうしたの?」

「まことに申し上げにくいのですが……」

「はっきり言っていいわよ」

「あのう、奥様が……」


 奥様? 陽明君様の奥様?! この、体調の悪さで聞かない方がいいだろうか。恐怖しかない。


「奥様が、コムンゴの音が一日中鳴っていてうるさいとおっしゃっているのを小耳にはさんでしまいました」


 王宮に行っているので一日中と言うのは大げさだが、確かにたくさん練習している。「一日中」という言葉に、「うるさい」という気持ちが大いに現れている。


「そうね。やり過ぎちゃったかな。今日から控える」


 これからはソン先生の宿題に力を入れることにした。


「奥様ってどんな方なの?」


 今まで聞くのを避けていたが、聞きたくなってしまった。


「はい。実は心の病を患っていらっしゃって……」

「そうだったの。もしかして私の存在が病を悪化させたりはしないかしら」

「それは大丈夫です。姫様は国のお客様ですから。他の女性だったらそうはいかないでしょうが……。陽明君様はどこへ行っても人気があって、女性の方が放っておかないのです。いくつか噂が立っていたのですが、奥様はそれが耐えられなくて、心を病んでしまわれました」


 ドクンと心臓から全身に電気が走ったような衝撃だった。


 どうしよう。でも、私は国の客で、たまたまファンになっただけ。陽明君様とどうにかなろうという気は……そんな気は……。私は一緒にいてくださると楽しいからお話を作っているだけ。別に何でもない……はず。


「もうコムンゴはやめる」


 その日から私はコムンゴを弾かなくなった。






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