第79話 コムンゴとチャンゴ 

 次の日、陽明君ヤンミョングン様はチャンゴ(太鼓)を持って部屋を訪れた。


「今日はいいものを持ってきたぞ。そなたのコムンゴと合わせたい」

「わあ! ほんとですか? うれしい」


 一人で弾くより、合わせる方が楽しい。私は思ってもみなかった提案に声を上げてしまった。


「そんなにうれしいか? それはよかった」


 陽明君様もご機嫌でチャンゴをおろし、準備をした。


「よし、それでは合わせよう」


 顔を見合わせ、息を合わせ、弾き始める。曲の頭がピタリと合うのが気持ちよかった。少し弾くと、どうしても合わせ方がわからないところがあった。聞いたことのない曲なので私にはわかりにくいのだ。


「実際に演奏を聞くとわかりやすいのだが……。そなたにコムンゴの名手の演奏を聞かせたいと思うのだが」

「外へ連れて行っていただけるのですか?」


 私は興奮してしまった。王宮と屋敷以外の物が見たくてたまらなかったのだ。


「そなた、そんなに外へ出たいのか?」

「はい! 出たいです! とても! とても出たいです!」


 私はなんとしても外に出たかった。もう、家に閉じこもるばかりの生活はうんざりだ。


「お願いいたします。私に外の世界を見せてください」

「こまったな。世子様から外には連れて行かないようにと言われているのだ」


 陽明君様はしばらく考えていた。そして、何かを思いついたようだった。


「そなた、戦服を着ると、美少年だったな」

「やはり、ご覧になっていたのですね」

「用があって近くを通ったので覗いてみたのだ。そなたは女人にしては背が高いから、なかなかの美少年だった」


「美少年」は誉め言葉と受け取っていいものか。


「いいことを考えた。妓楼へ連れて行ってやろう。それなら、簡単に名手の演奏が聴ける。ただし、妓生キーセン以外の女人は入ることはできないから、男装して行くのだ」


 なんと、突拍子もないことを言う人だろうと思ったが、好奇心の方が勝ったし、宝塚みたいでカッコいい。私は快く受け入れた。



 それからも陽明君様は、毎日午前中に私の部屋を訪れていたが、ある日の夕方、その日2度目に訪れた陽明君様は衣を持っていた。


「仕度をしろ。妓楼に行くぞ」

「今からでございますか?」

「急で申し訳ないが、今日が都合がいいのだ。これは息子の衣だが、そなたと背格好が似ているので借りてきた。秘密ゆえ、新調できないのが心苦しいが、着てみるがよい」

「こんなに大きな息子さんがいらっしゃるのですか?」


 この屋敷に初めて来た日、家族だと紹介された人たちは、誰が誰とは聞いていない。奥様と小さな子供たちはともかく、甥や姪も来ているのかと軽く思ったが、あの時の背の高い男の子は息子だったのだ。


「数えで15歳だ」

「ご結婚が早かったのですね」

「私は15歳で結婚したからね」


 衝撃過ぎて、言葉が出なかった。15歳といえば、中三か高一くらいだ。昔の人は結婚が早い。


「息子3人と娘が2人いる」


 そんなにたくさん。それもこの時代は普通なのかもしれない。私は安易にアラビアンナイト作戦を決行して毎日お会いしていたけれど、それでご家族が傷ついてしまうのではないだろうかと心配になってきた。いや、そんなきれいごとなど、本心ではない。私の胸の底にはどろどろと汚い感情が渦を巻いていた。嫉妬だ。こんな汚い心が湧き上がることが嫌で、ますます落ち込んだ。こんな自分が大嫌いだ。


「さあ、着替えるのだ。使用人にも内緒だから、こっそり出かけなければならない。着替えている間ポンスンだけに事情を説明しておこう」


 私は用意されていた水色の衣に着替え、黒笠※フンニプをかぶって息子に成りすまし、ポンスンが使用人の気を引いてくれている間に陽明君様の後ろについて屋敷の外へ出た。





黒笠フンニプ……両班ヤンバン(貴族)の男性が外出するときにかぶっていた笠で、馬のたてがみや尻尾で作られています。つばがある帽子のような形で、色は黒。室内でもかぶったままです。

(身分の高い人は綺麗な玉のネックレスのような飾りがチャラチャラついていてカッコいいです)






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