第78話 剣の稽古

 翌日から剣のけいこが始まった。私は用意されていた戦服に着替え、髪をポニーテールにした。初めて見るその戦服は、上着のウエストを帯でキュッと締めると、広がった裾は丈がひざ下まであって、長いスリットが入り、とてもかっこよかった。


「初めまして。私が教官のチェ・ユンソンです」


 見るからに強そうな筋肉質の男性だ。剣を持ってみたが、筋力のない私には持つだけでも一苦労で、腕が思うように動かせない。体力づくりからという、私が今まで最も避けてきたことを始めることになり、剣の稽古を申し出てしまったことを後悔した。


 翌日はひどい筋肉痛で、あまり動けなかった。ここまでひどい筋肉痛は、初めてスキーに行ったとき以来だ。コムンゴを弾くのもつらい。部屋でぼんやり考え事をしていると、陽明君ヤンミョングン様がいらっしゃった。


「剣のけいこはいかがでしたか?」

「先に体力づくりからです。慣れない運動で、今日は全身筋肉痛でぼろぼろです」


 そう言って苦笑いすると、陽明君様はしょうがないなと言いいたげな微笑みでおっしゃった。


「コムンゴはお休みにしますか?」

「いえ、頑張ります」


 私は痛みをこらえてコムンゴを弾いた。


「姫は頑張り屋ですね」

「よく強情だと言われます」


 コムンゴが終わり、またいつものようにお話の続きをはじめた。


「……ある日姫がお城の中を散歩しておりました。足腰を鍛えようと、お城の塔の階段をのぼりきって、さあ、降りようとした時です。姫は足を踏み外し、階段から落ちてしまったのです」

「大丈夫か?」


 陽明君様の真剣な顔もかわいい。おそらくお年は三十過ぎくらいだと思うが、大人の男性にかわいいなんて失礼かもしれない。でも、それが一番当てはまる。


「はい。姫は気を失ってしまいました。姫が目を覚ますと、なぜかそこはお城ではありませんでした。そこには石を四角く切り出した壁も、石造の階段もなく、自分が倒れている場所も石畳の上ではありませんでした。」

「どこにいたのだ?」

「姫はなぜか土の上に倒れていました。しっとりした柔らかい苔の上で横たわり、木々に囲まれていたのです。そこは、森の中だったのです」

「なぜそのようなことに?」

「それはまた明日」

「そなた、意地悪だな」

「意地悪なのではございません。毎日お話を作っているので、少しずつなのです」

「わかった。また明日来る」


 陽明君様は名残惜しそうに帰って行った。


 翌日も陽明君様は朝からやってきた。その頃、私は王宮へ行く時間を除いては一日中コムンゴを弾いていたので、あっという間に一曲を仕上げてしまっていた。


「そなた、うまいなあ。もう、私を超えてしまいそうだ」

「ご謙遜を。まだまだです」

「今日はコムンゴはおしまいだ。話の続きを聞かせてくれ」

「はい。森の中で目覚めたところでしたね。姫が倒れていたのは、森の中の柔らかな苔の上でした。森の中は木が生い茂っていて暗かったのですが、遠くに小さく光が差すのが見えました。どうやらそちらの方へ行けば森を出られそうです。姫はお城から出たことがないので、森の中を歩くのも一苦労でした。暗くて怖いし、少し歩いただけで、足が痛くなってしまいましたが、必死に我慢して歩きました。しばらくして、森の中で誰かが泣いていることに気づきました。……この続きはまた明日です」

「誰に会ったのだ? もう終わりか?」


 陽明君様は毎日来てはお話を聞いて帰られたので、氷姫が森の中でいろんな動物たちに会い、森の外に出るころには、私と陽明君様はすっかり仲良くなっていた。



 ***



 剣の師匠、チェ先生は普段は優しいが、稽古の時は、鬼のように恐ろしい。私は剣を習いたいと言ったことを何度も後悔したが、おかげさまで私は日ごとに体力をつけ、身が軽くなっていくのを感じた。ある日、私が走り込みをしていると、遠くの方にたたずむ一人の男性に目が吸い寄せられた。どこにいてもキラキラ輝く人だから、すぐに見つけてしまう。陽明君様がこちらを見ていたのだ。見られるととても恥ずかしい。視線が合わないように走っていたら、いつの間にか姿が消えていた。






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