第72話 初雪デート

「ホミン、久しぶりだな」


 俺はいつも通りに頭を撫でてやった。一瞬びっくりしていたが、そう、その顔。頭をなでると、ちょっと肩をすくめながら、子犬のように嬉しそうにする。ホミンに会えた。一年前の続きから始めたい。


「兄貴……ですか?」

「そうだ。俺だよ。やっと会えた」

「本当に? 本当に兄貴なんですか?」

「ああそうだ。お前、俺の家から帰るとき突然消えたから必死で探したよ」

「兄貴!」


ホミンのやつ、驚いているようだ。かわいい。


「もう一度聞こう。ホミン、お前、女だな?」

「は、はい。そうです。だましていてごめんなさい」

「俺は一年も待った。もう我慢しない」


 俺はホミンを抱きしめた。それが一番俺には自然な行動だった。ホミンが実在するかどうかすらわからない不安に、時に押しつぶされそうになりながら、様々な努力を重ねてきた。会えない日々が長すぎて、会いたさがつのり過ぎて、夢のようなこの時間を手放したくなかった。やっと会えた。ホミンは花のようないい匂いがした。


 ホミンの本当の名前は高橋杏奈だ。知っていたけど、ちゃんと聞きたかった。アンナ。かわいい名前だ。俺は彼女の本当の名前を呼び、気持ちを伝えたかった。


「アンナ、サランヘヨ……サランハンダ」

「ユ・テハさん……私もサランヘヨ」


 韓国語で言ってくれたことがうれしくて、人目も気にせず、唇をうばってしまった。杏奈は俺を受け入れてくれた。


 それから俺たちは寒いのも忘れていろんな話をした。言いたいことも聞きたいこともお互いたくさんありすぎて、そうこうしていると、雪が降り始めた。どうやら初雪らしい。韓国では愛する人と見る初雪は特別なものだ。


「俺たちきっと幸せになる」


 恋人と初雪を見ると、絆が深まり、永遠に一緒にいられると言われているのだから。


 俺たちは温かいところでゆっくり話そうと、歩き出した。ユンシクはさっき近くまで来たらしいが、気をきかせて帰ったようだ。


「師匠はいつどうやって帰ったんでしょう?」

「俺の方が先にこっちに帰ったから、よくわからないんだ。あの後、どうしていたのかな」

「師匠、一人になったんですか? かわいそう! 話を聞きたいです!」


 その時、杏奈の携帯が短い着信音を鳴らした。ラインにメッセージと一緒にURLが張り付けてあった。


『“月光夜曲”を書き直して、柊木レンゲという名前でライト&リードに投稿したの。みんなが帰ってからのことも書いてあるよ!』


 杏奈がタップすると、小説サイト「ライト&リード」が開いた。ユンシクが投稿したのは『月光夜曲~ムーンライトセレナーデ』という作品だった。杏奈によると、これはユンシクの体験を脚色して小説にしたもので、向こうにいる時から書いていたという。どうやら、その後の体験も書き加えて完成させたらしい。


「師匠はね、成人式の最中に帯がきつくて気を失って、向こうに行ったんだって」


 向こうの世界で既に前半を読んでいる杏奈が教えてくれた。


 あの、ポーカーフェイスの真面目なユンシクのキャラが変わった理由がわかるかもしれない。


「日本語が難しいなんて言ってられないな。脚本を読む練習にもなるから、読んでやろう」






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