第67話 目覚め

「ホミンにとって前と違うことは、俺と両想いになったこと?」


 言っていて自分で恥ずかしい。


「それもあるかもしれませんね……」


俺は笑って誤魔化した。やっぱり恥ずかしい。


「旦那、そばで見ていて思ったんですが、ホミンが成長したのは確かです。こっちに来て気づいたことがたくさんあったみたいで、ここに来てよかったと話していました」

「そういえば、俺にもぽろっと言ってたなあ。自分が恵まれている事に気づけたって」

「もし、この世界が神様が7日間で作ったもので、それが学校に提出する作品だったら」

「なんだ、7日間って、聖書か? お前、さすが物書きだな。発想が飛んでるよ。神様は学校へ行ってるのか?」

「7日って言っても、気の遠くなる年数をそう言っているだけでしょう? なら、今もまだ完成してないのかもしれません。もし、そうなら、出来のいいものを提出したいですよね」


 さすがユンシク、優等生だ。俺は出せれば何でもいいというタイプだった。


「だから、作品の中の人間が少しでもいい人になるように、鍛えたり、教育するんです。別の教育プログラムを用意して、一度そっちに移動して、必要な経験をさせて、完了したら、元の世界へ戻す。将棋の駒みたいに必要な場所に必要な人を配置して、その役割をさせて、お互いを鍛えあう、その教育プログラムがこの世界だったとしたら? そう考えたらどうでしょう?」


 ユンシクの時代はまだアナログだから「将棋」なんだろう。RPGなんて知らないからな。俺はゲームみたいだと思った。


「よくわからないが、発想がぶっ飛んでいるな。お前、それで小説を書け」

「ハハハ……おっしゃる通り、小説にしようかな。絶対面白いですよね」


 俺は笑ってしまったが、実際のところ、こんな目に合っているわけだから、まんざら嘘でもないかもしれない。


「成長か」


 俺はどうだろう? 正直、成長どころか、今、こんなに情けない姿をさらしている。


「旦那は向こうに帰ってホミンを探し出すんでしょう?」

「ああ。大学名はわかっているから」

「見つかったら、ちゃんと思いを伝えてくださいよ。そしたら、付き合うんですよね? 結婚するつもりなんですか?」


 結婚。想像はしていたが、リアルには考えていなかった。


 どうだ? 今の俺のこのザマは。ホミンが俺を友達に紹介する時、恥ずかしいのではないか? 俳優というと聞こえはいいが、出番の少ない脇役ばかりで収入も安定していない。しかも、愚か者や悪役が多いから、かっこよくはない。そうなったのは付き合っていた女にフラれて酒浸りになって、太ってしまったことが発端だった。それまでは、アクションを売りに、主役を支える二番手役をやっていたのに、あの日を境に落ちていったのだ。結局俺の弱さが今の事態を招いたのだ。おまけに最近は何の運動もしないから、体が緩み切っている。俺はガツンと一発殴られた気分だった。


「俺は成長していない。来た時と同じだな。嘆いては酒を飲み、飲んでは嘆く。このままじゃあ、ホミンには会えない」


 俺は目覚めた。ホミンが自慢できる俺になる。決めた。


「おい、お前、武術の先生を知らないか? あちこち行ってるから顔が広いだろう。紹介してほしいのだが」

「それなら、ソン様の護衛のチェ様に習うのが一番です! 旦那、目覚めましたね?」


 俺はその時ユンシクが笑うのを初めて見た。



 次の日、世子様からの呼び出しで、例の屋敷へ出向いた。世子様のご都合で、夜会いたいという事だったので、日が暮れてから出かけた。世子様に会うのは久しぶりだ。


「ジン、ひどい目に合わせて本当に申し訳なかった。早くわびたかったが、そなたの回復を待っている間に兄が亡くなり、王宮を出ることができず、こんなにも遅くなってしまった。本当にすまなかった。許してほしい」


 世子様が頭を下げた。偽物とはいえ、恐縮してしまう。


「いえ、世子様のお計らいで最小限ですみました。ありがとうございます」

「自由に行動できない身分というのはいくらお金に困らなくても、不便なものだ」


 俺も金を積まれても世子にはなりたくない。自由が一番。


「ところで、ホミンが消えたとユンシクから聞いたが」

「はい。もしかすると、向こうに帰れるヒントがあるのではないかと」


 俺はそれまでユンシクと検証したことを話した。


「……それで、ユンシクは王宮に入るコネをなくしたと、肩を落としていました。世子様、ユンシクに身分を明かされてはどうでしょうか。あいつは今、とても不安だと思うのです」


 世子様は少し黙って考えていたが、心が決まったようだ。


「わかった。しょうがないな。彼女のためだから」


 俺は屋敷を後にした。帰り際に、お供のチェ・ユンソンが俺に布の袋を渡してくれた。隠密としての報酬が入っていたが、結構な額だったので驚いた。しばらくはこれで食っていける。俺は懐に入れた金をしっかり押さえて、帰り道を急いだ。見上げると月が丸かった。


牡丹モランのホミン、綺麗だったなあ」


 俺は絶対に彼女を探し出す。それまでに体を鍛えて、一流の俳優として会いに行くんだ。むずむずするほど湧き上がる思いが俺の中であふれていた。






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