第64話 帰りたい

「ホミンはどこから来たんでしょうか?」

「あいつは俺と同じ時代だ。あいつが落としたカバンの中にあった学生証を見たからわかる」

「ホミンは向こうに帰ったのでしょうか?」

「おそらく、そうだと思う。一瞬で消えたからな」

「旦那、せっかく両想いになれたのに!」

「両想い?」

「そうですよ! ホミンは旦那の話ばかりしていました」


 ホミンが俺のことを話していたなんて、直接聞くとうれしかった。でも、俺はちゃんと自分の気持ちを伝えていないし、ホミンの気持ちも確かめていない。もう一度ホミンに会いたい。これまでは諦めていたが、急に向こうに帰りたくなってきた。


「どうやったら向こうに帰れるのかな」

「旦那、ホミンはどうやって帰ったんですか?」

「ただ走ってそこを通ろうとしただけだ。同じ場所から帰れるってことかな」

「俺の場合はよほどの用がない限り行けない場所だから……」

「ユンシク、お前、どこに現れたんだ?」

「王宮です」

「なんだって? とんでもない! 入ることすらできないじゃないか」

「コネはあるのでゼロではないです。それより、旦那は?」

「俺は船着き場近くの河原だ」

「旦那はいつでも行ける場所でいいですね」

「とにかく、何とかして向こうに帰ろう」

「協力します」


 その日はそこまででユンシクは帰って行った。


 俺はまた部屋に一人になった。一人は慣れているはずだ。ずっと気ままに一人を楽しんできた。なのに、この感じはなんだ? 俺の半分がなくなってしまったような感覚。やり場のない叫ぶような気持ち。


 俺は浴びるように酒を飲んで、そのまま眠ってしまった。


 目を覚ますと、外は明るくなっていた。砂のように苦い現実を思い出し、体は鉛のようににぶく重量を増した。


 まだ向こうの世界にいたころ、付き合っていた女にフラれたとき、悔しくて悔しくて、毎日酒を飲んだ。でも、今の気持ちとは全く違っていた。今はホミンに会いたい! ホミンに会いたいんだ! 一緒に笑って、一緒に飯を食って、からかって……。普通のことをしたいだけなんだ。忘れるなんてできない。忘れたくなんかない。一生向こうに帰れなかったとしても、たぶん俺はここでホミンを思い続けるだろう。胸が痛い。本当に痛くなるもんなんだな。


 俺は酒を飲むしかなかった。頭痛も足の痛みも手伝って、起きることができなかった。


 そういえば、こっちの世界へ来たあの日もバーで酒を飲んでいて、気づいたら、あの河原にいたのだった。なんでそんなに荒れていたんだっけ? その時インスの声がした。


「兄貴~! 大丈夫ですか~?」


 事情を知って、心配して来てくれたのだ。ヨンジャが作った粥を持ってきてくれた。


「大丈夫じゃねえよ」


 俺は背を向けたまま答えた。インスは相当慌てていた。普通なら、強がって見せる俺が、横になったまましょんぼりしているのだから。


「兄貴、どうしちゃったんですか。診察では問題ないって……」


 そう言って俺を覗き込んだ時だ。


「うわっ! 酒くせえ! 兄貴、飲みすぎですよ!」

「ほっといてくれ。ちゃんと熱だってある」

「ほんとだ」


 インスは俺の額に手を当てて言った。


「何かあったんですね」

「あった」

「いったい何が?」

「聞くな」


 インスは俺の性分をよくわかっている。それ以上は聞かず、俺が粥を食べるのを見届けて、ちゃんと片付けてから帰った。いいやつだ。こいつと別れるのは淋しい。


 熱はすぐに下がったが、足の回復には少し時間がかかった。俺は歩けるようになったらすぐに河原に行くことにした。






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