第63話 ホミンが消えた
医女のシアンがやってきた。足を見てくれたが特に問題は無さそうだ。しかし、まだ痛む。この痛みに耐えるしかない。
シアンが帰るとホミンが信じられないことを言った。
「兄貴、今日ここに泊まっていいですか?」
お前、正気か?
「男の一人暮らしの家に泊まるのか?」
「そんな体で、一人になんかできません。男同士なんだから構わないでしょう?」
そうか。看病だ。下心があるからそう思ってしまうのだ。俺は恥ずかしくなった。
「よし。いいだろう。いや、すまないな。助かるよ。ただし、ユンシクが心配するから、明るいうちに帰って、許可をもらってからまた来い」
「ありがとうございます! 兄貴! じゃあ、今のうちに帰ってきますね! 夕食の食材も持ってきます!」
あいつが扉の方に走って行った。なんとなくこのままで行かせたくないと思って、ホミンを見送ろうと思った。足は痛んだが、どうしてもホミンをいつまでも見ていたくて、ホミンがいる扉のところまで行った。
「気を付けて行ってくるんだぞ」
俺はあいつの頭をいつもやっているように撫でてやった。
「はい!」
ホミンが嬉しそうに笑って走り出した。本当に、犬っころみたいにかわいい、と思った瞬間。
門を通り抜けたはずのホミンの姿がフッと消えてしまった。
そこはあいつを始めて見つけた場所だった。
俺は転げるように家を飛び出し、その場所まで行き、あたりを見回した。痛みなんか忘れていた。
いない。どこにもいない。向こうの世界に帰ってしまったのだろうか? 俺は三年もここにいるのに? いやだ! 俺たちはこれからだったんだ。お前なしでこの世界を生きていかないといけないのか?
俺はホミンを呼び続けた。しかし、ホミンの返事はなく、その姿はどこにも見つからなかった。
翌日、また熱が上がり、おまけに足の痛みが容赦なく俺を苦しめる。もう、どうなってもいいと思った。やけになって、酒を飲み始めた。すると、扉をたたく音がした。ホミンか? 俺は慌てて扉を開けたが、残念ながらユンシクだった。
「ジンの旦那、よろしいでしょうか? こちらにホミンが来ていないでしょうか?」
「やっぱり、帰っていないんだな」
「旦那、どういうことですか?」
ユンシクは怒っていた。そうだ、すぐ知らせるべきだった。あまりの体調の悪さに、自分のことしか考えていなかった。
「ホミンのやつ、急にいなくなったんだ」
「いつ? いつですか?」
「日が暮れる前に帰れって言うと……ここを出てすぐ俺の見ている前で消えた。すまない、一番にお前に言うべきだった」
「こんな体では無理です。仕方ありません。それより、探しに行かないと!」
「いや、見つからないだろう。それより、お前に話したいことがある。ちょっと上がっていけ。ここで話すわけにはいかない」
ユンシクは部屋の中に目をやってためらった。布団が敷いてあったからだろう。俺は小声で言った。
「大丈夫だ。俺はホミン以外の女に手を出す気はない。それに見ての通り、体調は最悪だ」
「旦那! 女って……?」
「誰にも言わないよ。ちょっと話していかないか?」
俺が奥まで入るのを確認してから、ユンシクが家に上がり、入り口の近くで手をついて頭を下げた。相当警戒している。
「旦那、どうか、それだけは誰にも言わないでください。お願いします」
「大丈夫だよ。俺は好きな女の大事な人を傷つけるようなことはしない」
「旦那、知っていたんですか? やっぱりホミンのことが好きなんですね」
「そうだよ。あまり大声で話せないから、もう少し近くに来い。心配なら、何か武器を持ってきてもいいぞ」
ユンシクは意外そうな顔をして俺を見た。今の俺は普段のジンではない。俺は外では荒くれ物のジンを演じていたが、今の俺は俳優のユ・テハだ。どちらかというと、温厚な方だと思う。それを感じたのか、ユンシクは俺の近くに来た。
「ホミンは俺の目の前で消えたんだ。初めてあいつが現れた日に、あいつが向こうの世界の服を着て倒れていた同じ場所だった」
「本当ですか? それって……向こうの世界って……旦那、最初からすべて知っていたんですか? あなたは何者なんですか?」
「おまえもホミンが違う世界から来たことを知っているんだろ? だから助けたんじゃないのか?」
「はい」
「俺もホミンと同じ時代の向こうの世界から来たから、最初にあいつを見て助けようと思った。俺の名はユ・テハ。韓国の俳優だ」
「旦那もですか? 俺もなんです! 本名は神田詩織です。日本の大学生で、1985年から来ました」
「待て! 1985年だと? 俺は2018年からだ! 1985年……ええと、三十三年もあとから? 元の世界に戻ったら、お前、年上なんだな」
ユンシクは俺より20歳以上年上ということになる。
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