第62話 捕盗庁に捕らえられ

 俺は捕盗庁ポドチョンの牢に入れられた。実はゴロツキのころ、一度入ったことがあるから初めてではないが、何度も入りたいものではない。土と藁のにおいが混じった異臭がする。地べたに座って、色んな事を考えた。


 遅かれ早かれこうなることはわかっていた。あの裏帳簿がなくなったのに気付いた時点で、犯人捜しは始まるのだから。今頃俺の家は、旦那様の手のものが、裏帳簿を隠していないか、上から下までひっくり返して探している事だろう。あのバッグをホミンに返したのは正解だった。後は、あの裏帳簿と、他の証拠をあわせて、不正や謀反を暴くだけだ。


 誰かが勢いよく牢に入ってきた。風でろうそくが揺れ、壁に映った影が揺れる。


世子セジャ様……)


 世子様は牢の外でひざまずき、俺にわびた。


「そなただけ、このような思いをさせてすまない。今、そなたの手下たちがこれまで集めた証拠を持って急ぎ参っておるところだ」

「ついに、その時が来たのですね」

「だが、それだけでは点と点に過ぎぬ。すべてをつなぐ確かな証拠が必要だ」


 俺は一段と息をひそめるように話した。


「あります。商団に裏帳簿があったんです。裏金が流れていた確かな証拠です。世子様から頼まれていた全員の名前がありました」

「本当か? それはどこに?」

「念のために、見つからない場所に埋めたのです」

「どこだ?」

「実はホミンと一緒に山に登った時、沢の近くの木を目印に埋めたのです」

「ではホミンならわかるのだな」

「はい」


 巻き込みたくないが、すべての解決のカギがホミンに握らされることになってしまった。あまり怖がらせたくないから、謀反の話は伏せて、ただの不正くらいにしておこう。


 そこにチェ・ユンソンに連れられ、ホミンがやってきた。俺は、ホミンに帳簿探しを託した。そして、ホミンに危害が加えられないよう守ってほしいと世子様に頼んだ。


 俺の尋問は午前中のはずだったが、世子様の計らいで、午後に伸びた。しかし、思ったより早く迎えが来て、飯も食わずに縄をかけられて尋問場へ連れて行かれた。


 普通、「尋問」と名がつく限り、尋問から始まるはずだ。しかし、俺はいきなり拷問用の椅子に座らされ、縄で縛られたのだ。


「ちょっと待て!」


 俺が叫んでも何も聞き入れられなかった。間違いない。不正隠しのため、俺を陥れる気だ。あの帳簿に書かれていた名前はどいつもこいつも位の高い奴ばかりだったから、個人が命令に背けるわけがないのもわかる。しかし、いきなり拷問とは。何としても俺に罪をかぶせて、帳簿は闇に葬り、事を終わらせたいのだろう。


「商団の帳簿を操作して多額の金を横領しておるだろう。

「俺は何もやっていない! 帳簿は付けるだけで、計算なんかできないんだ!」


 そう言うたびに、役人が持った棒に力がかけられ、大腿骨が砕けそうなほどの痛みが加えられた。足の付け根までねじれる。苦痛に耐えきれるのか自信がなくなってきた。しかし、今認めたら何もかもが水の泡。世子様の命も危ないだろう。


「待て!」


 その時、世子様が入ってきた。


「これを見よ!」


 世子様の手にはあの裏帳簿があった。


 それからの事はあまり覚えていない。既に意識がもうろうとしていた上に、世子様が来てくれた安心感でぐったりしていたのだ。縄がほどかれて解放されたので、痛みに耐えながら、捕盗庁を出たのは覚えている。ホミンの細い肩にすがり、支えられながら歩いたのは覚えている。それがホミンだったから痛みに耐えられたのだと思う。ああ、そうだ、荷車に乗せられたんだ。


 家についたら、ホミンが俺を布団に寝かせてくれた。俺は今まで一人で生きてきて、それが当たり前と感じていたが、こうしてこいつがそばにいてくれることがこんなにも俺の支えになるのだとあらためて感じた。


「しばらくこうしていてくれないか」


 俺はホミンの手を握って目を閉じた。安心する。これが一番の薬だ。






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