第61話 発熱②

「お前の思い人は妓生キーセン牡丹モランだろう? 俺がやった帯飾りをしていたからすぐわかったよ」

「兄貴、牡丹に会ったんですか?」

「この前、真珠楼に行った時、ぶつかったんだ。俺好みのいい女だった」


 牡丹はお前だろ? と、堂々と言えないのがつらいところだ。


「兄貴、ああいうタイプが好きなんですか?」

「好きだね。抱きたくなるよ」


 俺はお前が好きだって遠回しに言っているんだよ。これは告白だ。


「お前、牡丹を見て抱きたいと思わないのか?」


 ホミンのやつ、真っ赤だ。もう、男のふり、できてねえぞ。俺はホミンの手を取った。小さすぎる。きれいな女の手だ。やばい。


「ま、こんな小せえ手じゃあまだまだだな」


 これ以上触れていたら俺は我慢できなくなると思い、ホミンの手を放して背を向けて横になり、目をつむった。


 こんなに好きなのに、言えないことがこんなに苦しいとは。女にモテていた俳優時代にはなかった感情だ。ホミンを大事にしたい。だからこそ、男として生きているのを知っていても知らんふりをしてきた。告白する前に、まず、女だと気づいていることを伝えるべきか? どのタイミングで? 今の俺は好きな気持ちを制御するので手いっぱいだ。


 俺は目を開けてみた。ホミンは深刻な顔をしていた。笑わせたい。


「添い寝するか?」

「暑いです! いい加減にしてください!」


 またやってしまった!

 

「ハハハハハ……おまえ、本当にかわいいなあ」


 俺は自分に正直になるぞ。決めた。


 ホミンがピンクのバッグを気にしているのが分かった。もちろん、本人に持って帰ってもらうのが一番だと思ったので渡した。


 そろそろ日が傾き始めたので、ホミンを帰した方がいいと思った。俺はまだ万全じゃないから、この前みたいに守ってやることができない。早く良くなって、お前を守りたい。


「お前のおかげで元気になったよ。ありがとう」

「兄貴、ありがとうございます」


 そうは言ったものの、いやだ。帰したくない。


 ホミンが扉に向かった。細いうなじがきれいだと思った。俺は衝動的に立ち上がって、気づいたら扉に手をかけているホミンを後ろから抱きしめていた。


 ああ、いいにおいだ。心臓の音が伝わりそうなほど打っている。


 ホミンは嫌がらず、そのまま受け入れてくれていた。


 言ってもいいのだろうか? 黙っているのは苦しい。俺の気持ちを言ってしまってもいいのだろうか?


 俺は口に出して聞いてしまった。


「ホミン、お前、女だろう?」


 次の瞬間、ホミンは俺の腕を振りほどいて逃げた。やはり、そこは踏み込んではいけなかったんだ。タブーを犯してしまった俺は一瞬で崖の底に突き落とされた。


 しかし、振り返ったホミンはとてもかわいい笑顔だった。幸せな笑顔だ。そしてこう言った。


「兄貴、また明日来ますね!」


 よかった、嫌われていない。また明日会える。


「おう! また来い!」


 絶対だぞ! 明日も来い!




 ホミンが角を曲がって姿が見えなくなったあと、ぼんやりと誰もいない道を見つめていた。今見送ったのにもう会いたい。追いかけようか、そう思った時だ。数人が走る固い足音が聞こえた。角を曲がって姿を見せたのは捕盗庁ポドチョンの兵士たちだった。どこへ行くのかと思っていたら、俺の方に向ってきて、俺を取り囲んだ。


「お前がジンだな。お前を逮捕する」

「待て、なんなんだ! 俺が何をしたっていうんだ!」

「しらを切っても駄目だ! ジタバタせずに、大人しくついてこい!」


 振り払おうとしたが、二人がかりで抑え込まれ、力が強くてどうしようもなかった。


 ホミンが気づいたようだ。ダメだ! ホミン! お前まで捕まる!


おれはとっさに兵士たちに言った。


「わかりました! おとなしくついて行きます」


 ホミンに何かあるくらいなら、俺が死んだほうがましだ。俺はホミンの目をにらんで来るなと合図したつもりだ。


 絶対にこっちに来るな!


どうやら伝わったようだ。ホミン、懸命だ。




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