第58話 川遊びはデート①
家に帰ってからも真珠楼での出来事を思い出すと、俺は胸のところに熱い痛みを感じていた。体全体が熱が出ているような何とも言えない状態だ。この二日、あまり寝ていないわりにはよくこの時間まで起きていられたものだ。。
翌日は大事な仕事だった。大口の取引だ。荷物を運ぶのに、人数が必要なので、普段は指揮だけの俺も手伝った。かなりの距離の遠出で、何台もの荷車を連ねて運び、夜は宿をとって一泊した。実は、品物の取引も大事だが、この地の商人たちとの宴会が特に重要な任務だった。世子様からの命で、情報を集めるのが俺の役割なのだ。朝鮮ニンジンを買い占めて、値を釣り上げているヤツがいる。おそらく後ろに両班がついている。安く仕入れたものを市場に出さずに値を釣り上げておいて、明に輸出する時、独占して大儲けするつもりだろう。外交問題になりかねない由々しき事態なのだ。そして、儲けた金が私兵を集める資金となっている可能性がある。そいつが誰なのか、世子様は知りたいのだ。
高い酒も豪華なごちそうも、世子様が出してくれた金子で支払えたから、俺もいいものを食うことができた。商人たちもたいそう喜んで、口も軽くなっていた。宴会での情報収集は大成功だ。やはり、裏で朝鮮ニンジンの値段を操作して私腹を肥やしていたのは、あの帳簿の名前の一人だった。そして、その家の使用人を募集しているからと、この村から男たちを連れて行くのだが、向かうのは山の方だというのだ。私兵としての訓練をしているのかもしれない。
商団から持ってきた商品は全部売ったが、空っぽの荷車をそのまま持って帰るのはもったいないことだ。翌日、俺たちはその地の特産品を買い、荷車いっぱいに積み込んだ。荷車を押して商団に帰り着いたころはもう日が暮れはじめていて、
「俺が片づけるから、みんな帰っていいぞ」
「兄貴、それは悪いですよ。俺たちもやりますから」
「なに言ってる。みんなは家族が待ってるだろう。俺は一人だから誰も待ってやしない」
それでも手伝ってくれる者がいたので、ありがたく手伝ってもらった。戸締りをしてそいつと帰ったが途中で思い出したふりをした。
「あれ、水筒がない!」
俺はわざと置いてきた水筒を取りに一人で商団に帰った。
誰もついてきていないのを確認して扉を閉めると、俺はさっさとあの引き出しを引っ張り出し、裏帳簿を出した。今日は泊まりの荷物があるから隠しやすかった。こうして家に持って帰ることに成功した。
明日はホミンとの約束の日だ。とにかく急いで布団に入ったが、すでに夜も更けていた。
一人で布団に横になっていると、あの夜の真珠楼のことが浮かんできた。俺はホミンを誰にも渡したくない。自分のものにしたいと思っている。今までぼんやりとしていた俺の気持ちが形になった。俺はホミンが好きだ。
疲れているのにどうも興奮していたようで、うとうとしては起きることを繰り返して朝を迎えた。
翌朝、とてもいい天気だったので、俺はうれしかった。どんな風に過ごすか、仕事が忙しくて何も考えていなかったが、川には前にも行ったことがあるから大体のプランはある。それより、どんな風に接して何を話すかだ。俺たちが会うのは、あの夜以来だ。
あの日、ホミンはとても綺麗だった。うつむいたときのまつ毛とか、紅を引いた唇。いつもより高い声。きっとあれが地声だろう。そして、抱きしめた時のやわらかさとはかなさ。けがは大丈夫か、無理をしていないか気になった。
ホミンの家が見えてきた。
あいつ、外で待っていやがる。
俺は手を振った。
「兄貴~! おはようございます!」
飛び切りの笑顔で飛び跳ねている。俺は思わず走り出した。
「兄貴! 暑いから走らなくていいですよ!」
そんなこと言ったって早くお前のそばに行きたいんだ。
「待たせたな。すまない」
俺はホミンに触れたくて、いつものように頭をポンポンして撫でてやった。ヘッドロックをかけたいが、やめておこう。
ホミンが大きな包みを持っていた。弁当と思われるその包みを俺は持ってやった。
少し距離があるが、俺たちは山へ入ることにした。木が茂っているので、夏とはいえ涼しくて気持ちよかった。ホミンはあの日のケガも大したことないようで安心した。
俺たちはお互いの仕事の話や幼いころの話をした。家族の話は、ホミンが困るのが目に見えているから、あえて避けた。
ホミンは幼いころから暇さえあればいろんなことを想像するのが好きだったようだ。絵を描いてお話を作ったりすることが遊びだったと話してくれた。俺はどちらかというと、外を駆け回ったり、ヒーロー……と言いそうになったが、戦いごっこと言い直した。そう、戦いごっこをしていた。あぶねえ。
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