第57話 暴漢から守る

 俺は真珠楼に戻ってもう一度門をくぐり、さっきホミンが駆け込んだ建物の前に行ってみた。ここは支度部屋のようで、妓生キーセンや下働きのものが出入りしている。裏に回ってみると、通用口と思われる扉があった。そこから入ればいいのだろうがいきなり入っても怪しまれる。別の入り口を探したが、他にはないようだ。遠くから眺めながら方法を考えていると、その入り口からホミンのやつがいつもの男の姿で出てきた。笑っている。


 よかった。何もないからあんな表情でいられるんだ。もう帰るのだな。待てよ、ホミンは今から一人で帰るんだろうか? いくら男の格好とはいえ、夜道は危険だ。


 ホミンが一人で門を出た。俺はいてもたってもいられず、ホミンの後姿を追って、見つからないように見守りながらついて行った。しばらく行くと、曲がり角があって、ホミンの姿が見えなくなった。その時だ! ドサッという音と一緒にホミンの悲鳴が聞こえた。女丸出しの声だ。


 どうした?!


 俺は慌てて角を曲がった。すると、ホミンは倒れ、男に奪われそうな荷物に必死に縋り付いていた。


「この野郎!」


 俺は考えるより先に手が出ていた。その男は殴られたはずみで倒れた。


「来い!」


 俺はホミンの手を取って走った。良かった。引き返して本当に良かった。俺がいなかったら、今頃どうなっていた? あんな、女丸出しの叫び声をあげて。


 俺は考えただけでも耐えられなかった。誰にも傷つけさせない! 誰にも触れさせないない! ホミンに触れていいのは俺だけだ!


 あの男、痛みでしばらく動けなかったようだから、うまく巻くことができたようだ。追いかけられていないことを確かめながら、俺たちは路地の中にある木の塀の影に身を隠した。


「大丈夫か?」

「兄貴……」


 よほど怖かったのだろう。震えている。ホミンが必死に泣くのをこらえているのがわかった。


「おいおい、もう大丈夫だから泣くな。物取りなら追いかけてこないよ。それとも、何か恨まれるような心当たりでもあるのか?」

「ない! ないです!」


 そう言ったとたん、ホミンは声を上げて泣き始めた。


 すまない、もう少し早くあの角を曲がっていたら……たまらない気持ちで俺は思わずホミンを抱きしめた。思った以上に小さくてやわらかくてはかない気がした。いいにおいがする。しかし、急に俺の中でやり場のない照れが顔をのぞかせた。


「お前、男だからって、こんなに細っこいんだから、ねらわれやすいぞ。夜道は歩かない方がいい」


 そう言ってごまかしはしたが、ホミンを離したくなかった。俺はしばらく、そのままでホミンの頭をなでていた。


 ホミンは簡単には泣きやまなかった。よほど怖かったんだな。しかし、よく考えたら、俺たち、男同士なんだった。これ以上はホミンに誤解されかねない。今更どうやって離れる? 俺はホミンの顔を覗き込んだ。ホミンはさっと離れて向こうを向いてしまった。


「大丈夫か? 早く帰らないとユンシクが心配するぞ。家まで送って行ってやるよ」


 俺が歩き始めると、ホミンが必死で俺を追いかけてきた。可愛い奴。


「痛くないか?」

「ちょっとだけ……痛いけど平気です!」


 カラ元気出しやがって。今日は月が明るいから、お前がどんな顔をしているかよく見えるんだよ。今日はゆっくり休むといい。






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