第54話 手形探し

 さて、のんきにしてはいられない。すぐに商団に帰って、調査を再開した。棚の後ろ、引き出しの中、家具を動かして上から下から裏側まで全部探した。すると、物入れの大きな引き出しを調べているとき、不自然さを感じた。引き出しの深さが、表の板の大きさに対して浅いのだ。細工があるに違いない。悪い奴はそういうものを作るもんだ。


 あちこちつついていると、思った通り、実に巧妙に、底が二重になる細工がしてあることに気が付いた。開けてみると、なんと、帳簿が出てきた。中を見て驚いた。これは裏帳簿だ。お金が流れている相手は、世子様からもらった紙に書いてあった重臣たちだった。思いがけず見つけてしまったが、今持って帰るのは危険すぎる。俺はいったんその帳簿を元に戻した。一方、こんなに探しているのに、手形は見つからなかった。


 大行主テヘンスが手形がないというから素直に探したが、こういう場合は二重計上の可能性が高い。俺は帳簿に書かれた取引をすべて見ていった。この時代の帳簿は漢字で縦書きだからとても見にくいし、比較がしづらい。途中まで見て、これでは埒が明かないと思い始めた。パソコンが使えたら早いのに……。この商団は大きいだけに、取引の量も多い。せめて電卓が欲しい。と、思った時思い出した。ある。電卓。あの子のカバンの中に。




 その夜、ホミンのカバンの中から出した携帯とモバイルバッテリーをつないで充電した。この前は人の携帯を見てはいけないと思っていたが、今は非常事態、この携帯が必要だ。ホームボタンを押すとパスコードの画面が出たので、俺の誕生日を入れてみた。すると、簡単に開いてしまった。ホミンは間違いなく、俺のファンだ。これで携帯が使えるとわかったから、明日はこの携帯をもって早めに商団へ行くことにした。


 俺は床について、色々考えを巡らせていた。もし、解決できずに、ホミンが連れて行かれたらどうなるだろう? 女だとばれてしまうのは時間の問題だ。そして、自分がやったと認めるまで、無実を訴えても拷問は続く。その後のことを考えると耐え難くて俺はなかなか眠れなかった。


 ほとんど眠れないまま朝を迎えたが、早く家を出られたのだから好都合だ。まだ外は暗かった。この時代、みんな明るくならないと出てこない。商団には誰も来ていなかった。


 俺は今年の取引が書かれた帳簿の写真を1ページ1ページ、ホミンの携帯で撮った。裏帳簿で重臣たちに流れたお金は、この表の帳簿で何か操作をしてひねり出されたお金ではないかと思ったからだ。なくなった手形もそういった取引のからくりにまつわるものかもしれない。俺はフラッシュが外に漏れないよう、つい立てやら箱やらをうまく利用し、物音に注意しながら、大急ぎでその分厚い帳簿を全部撮り終えた。そのころには夜が明けていて、俺がいても怪しまれないくらいの時間になっていた。


 下働きのものがき始めた。俺は昨日の手形を探すふりをしていた。そうこうしていると、大行主が来た。


「やっぱり、あの新入りがやったんじゃないのか? 同じところを何度探してもないものはないよ」

「いえ、まだ時間はあります」

「そんなこと言っても、今日はたくさんの荷物が動くから、お前はここにいるわけにはいかないぞ」


 今日は船が着くから、大量の商品が届き、取引先別にさばいて荷造りをしないといけない。俺がすべて指揮をしなければならないのだ。おそらく夕方までかかるだろう。俺はその準備にとりかかった。

 



 


 仕事が済んで家に帰ることができたのは、やはり夕方だった。俺はホミンのカバンからルーズリーフをもらって、撮った写真の帳簿をすべてシャーペンでうつし、わかりやすく表を作った。アラビア数字にするとわかりやすいし比較もできた。


 ろうそくでは暗いので、携帯を固定し、ライトをつけて、電卓で計算した。大行主テヘンスは俺が計算できるほどの学がないと思っているから油断しているはずだと思うと楽しくなってきた。


 思った通り、実際の金額と帳簿上の金額はあっていなかった。取引別に合わせてみると、絹織物の取引で気になるものがいくつもあった。二重計上だ。こんな稚拙な手口も、縦書きの読みにくい帳簿で、大行主だけが管理しているからできてしまうのだろう。おそらくここで浮かせた金を重臣たちに流していたに違いない。それで利益が上がらないと、俺たちのギャラを減らすなんてひどい話だ。


では、あの百両の手形は何だろうと思い、新しい取引を探してみた。明から船が来た日、百両で計上しているのに、次の日、その店と、別の店とでそれぞれ六十両と四十両が計上されている。俺はよく覚えているが、絹織物の取引はその日のうちにすべて終えて、次の日は何もなかったはずだ。それに、この不自然な取引、そうか、取引先から賄賂のように献上させていたのか。


 見つけた安堵感で眠気が襲ってきたが、もう夜明けは近かった。そのまま寝るのを我慢して、商団に出勤した。二日も眠れていないのに、大事な人のためなら何でもできるものだ。


 その日は仕事に余裕があったので、俺はその取引先を訪ねた。幸い、店の主人がいた。手土産に少しばかり高級な歌詞を持ってきた。


「いつもありがとうございます。無理ばかり言っておりますのでこれはほんの御礼の品で」

「ああ、いや、その分こっちも美味しい汁を吸わせてもらってもらっているんだからそんなに気を使わなくてもいいですよ。それより、この前は無知を言ってすまなかったねえ」


やはり、何かある。俺は賭けに出てみた。


「百両の手形の件ですが」

「そうだ。今月は持ち合わせがなくて、他の商団と分けてもらったけど……あの、何て名前だっけ?」


百両の手形があるわけがない。この親父が自主的に他の商団に言って金を出させているのだろう。商団からお金を払う場合は大行主がすべて取り仕切っているから俺たちは手出しできないが、支払いだと言って取引内容の書かれた請求書とお金を渡されたら、俺たちが金を受け取って帳簿につける。おそらく、大行主は、百両の手形を重臣に渡そうとしてみつからなかったから騒いでいるのだ。ざっくりした管理しかしていないにもほどがあるが、だからこそ不正が分かりにくいのだ。


 俺は商団に戻った。大行主に本当のことは言えないから、取引先のオヤジにばったり会って、「あの100両の手形は、無理を言ってすまなかった」と言っていたと言ってみた。


 大行主の顔色が変わった。何か思い当たる節があるようだ。






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