第53話 肖像画の完成と帯飾り
俺は
「そういえば、いつもこのくらいの時間に、あまり見かけたことのないやつがお前のところに出入りしているようだが新入りか?」
俺は何人かのゴロツキ仲間を集めて委託のような形で手伝ってもらうことがあるので、外部の者が来るのは珍しいことではない。一応大行主にはホミンのことをあらかじめ許可は取ってあるのだが、今回が初めてだから疑っているのかもしれない。
「俺の弟分のホミンです」
大行主の眉が上がった。いやな予感がする。
「あの子が手形を盗んだという事はないのか?」
「違います! 俺はずっとあの子と一緒にいたからわかります! 盗んでいません!」
「絶対とは言い切れないだろう。今日、もし、手形が出てこなかったら、捕盗庁を呼んで、あの子の取り調べをしてもらおう」
「待ってください、大行主様! 俺が責任をもって調べますから、少し時間をくれませんか?」
捕盗庁なんかに連れていかれたら、無実の者でも有罪になりかねない。大行主にしてみれば、自分の責任から逃れられるだろうが、男装しているホミンがどんな目に合うか考えただけでも耐えられない。俺は食い下がった。
「そこまで言うなら、あと二日だけやろう。しかし、時間をかけたことで、この商団に損をさせるようなことがあったら、お前もただではおかないぞ」
「承知しました。大行主様。ありがとうございます」
大行主は振り向きもせずに部屋を出て行った。
大変なことになってしまった。こんな理不尽なことを言うところをみると、何か匂う。あの青ざめ方は普通ではない。きっとヤバい取引なのだろう。思いがけず何かを得られるかもしれないと思った。とにかく調べなければいけない。しかし、濡れ衣を着せられたホミンと、今からどんな顔をして会えばいいのだろう。
俺が外に出ると、ホミンが来ていて、嬉しそうに走ってそばに来た。
俺はいつものように、頭をポンポンとなでてやった。普通なら癒される瞬間なのに、この時ばかりはこの笑顔を見るのがとても苦しかった。
「兄貴、完成しました!」
「ついにできたか! よくやった、ホミン、えらいぞ!」
ついに絵が完成してしまった。ホミンが来るのは今日が最後だ。そう思うと、抱きしめたい。でもそれはだめだ。でも……俺はいつもインスにやっているヘッドロックをかけてしまった。痛くないように気を使いながらもホミンがかわいくて抑えられなかった。
「いたた! 兄貴! 外してくださいよ~!」
俺は慌てて腕を外した。
ホミンが見せてくれた絵は素晴らしい仕上がりだった。俺は思い切りほめてやらなければと、思いつく最高の言葉を送った。
「お、なかなかいい出来だな! 実物以上に綺麗に描けている。ありがとう。きっとヘリョンが喜ぶよ。」
ホミンの様子がおかしい。なぜか浮かない顔をしている。それは今に始まったことではなく、時々、何となく元気がない瞬間があるのだ。今も、一生懸命笑ってはいるが、正直に顔に出ている。
どうしたら元気になるんだろう。そうだ!
俺はホミンを市場に誘った。
市場は相変わらず人が多いので、ホミンとはぐれないように気を使った。この前、後をつけた時と違って、ホミンがあまりキョロキョロしていないのが気になった。
あの日、ホミンが見ていた例の帯飾りの店の前に来た。きっと欲しかったんだろう。お礼にプレゼントしてやろう。
「おい、ホミン、質問に答えてくれ。お前が恋人につけてもらうとしたら、どの飾りが好きだ?」
「何歳くらいの人ですか?」
あれ? ノリが悪いな。お前だよ、お前。お前が好きなものでいい。
「単純に好き嫌いで選んでくれよ。お前は絵心があるから、趣味がいいに違いない」
さあ、どれを選ぶ?
「そうですね……これが可愛いかな」
やはり、あの蝶の飾りだ。俺はすぐその帯飾りを取って、店主に金を払った。その場で渡すのもどうかと思って店を離れた。しばらく歩き、静かなところまで来たので振り返った。ここで渡そうと思うのだが、何と言って渡せばいいのかわからない。俺はホミンの顔を見つめたまま言葉がすぐに出なかった。ホミンが委縮しているのが分かる。どうしたものかと思ったが、行動に出るしかない。
ええい!
「おい、ホミン、手を出せ」
ホミンが遠慮がちに手を出したので、俺はその手をつかんだ。
やわらかい。小さい。
その手のひらを上にして、帯飾りを握らせた。
あ、驚いてやがる。やっぱり勘違いしてたな。ハハハ。
「ホミン、いい絵をありがとう。お礼にこれをやるよ。これで好きな女をモノにして、早く春画を描けるようになれ」
こんなことを言ってどんな反応をするか、俺は思い切りホミンの目を見つめた。ホミンがうろたえている。おもしれえ。正直だなあ。全部顔に出るんだな。可愛いやつ。
「わ、わかりました。兄貴! 精進します!」
おい、何を精進するんだよ。ハハハ。ほんとおもしろい。こいつをずっと見ていたいよ。
それから俺は、ホミンとゆっくり話をしたかったので、次の休みに川へ行くことを提案したら、ホミンは弁当を作ると言ってくれた。男の一人暮らし、他人が作ったものを食べられるのは本当にうれしいものだ。
それから、機嫌が直ったらしいホミンの後姿を見送り、一人になると、俺は現実に戻った。
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