第52話 肖像画の依頼

 翌日仕事をしていると、またホミンが来た。今度は一人だ。


「兄貴!」


 ニコニコ笑いながら駆け寄ってくる姿は子犬のようだ。


「おう、ホミン、よく来たな」


 自然に手がでて、ホミンの頭をポンポンとなでてしまった。びくっとしてやがる。かわいい。


「兄貴、申し訳ありません。正直に言います。僕、経験がないからちゃんとした春画が描けそうにありません」


 正直でよろしい。そんなことだと思っていたよ。むしろ、描いてこられたら引いていたかもしれない。こんな純粋そうな子が経験しているとしたら、世も末だ。こうなることは予想できていたから、ちゃんと考えがあった。出張ばかりでなかなか家に帰れない親友、ソンミンのために、妻のヘリョンの肖像画を描いてもらうことにした。肖像画を描くためなら、毎日ここへ来ても不自然ではない。毎日会えればもっと仲良くなれるはずだ。


「明日また来ます」


 ホミンは帰って行った。なぜか元気がない。腹でも痛いのか? 俺は心配になって後をつけてみた。


 ホミンはふらふらと、市場通りを歩いていた。あいつの視線をたどると、女の持ち物ばかり見ていた。無防備すぎだ。


 しばらく歩いて、綺麗な飾りをたくさん売っている店の前に立ち止まった。帯飾りを手に取ろうとしたのに、やめてしまい、そのまま振り返った時の表情がとても悲しそうだった。その蝶の飾りが欲しかったのかな。一番着飾りたい年頃だもんな。


 見てはいけないものを見てしまった気がして、俺はそのまま帰った。



 ***



 俺は時々世子様に呼び出されて、簡単なことから重要なことまでいろいろな任務を命じられていた。もちろん、商団の大行主には内緒だ。その日もいつもの屋敷に呼び出され、世子様と会い、地下の部屋で任務の内容を確認した。


 なんと腹立たしく恐ろしいことだろう。重臣たちの中に、何らかの方法で私腹を肥やして、私兵を増やしている者たちがいるという。私兵を増やすということは、謀反を企てている可能性があるのだ。


「占い師が、ここに書いてあるこの者たちを調べろというのだ。裏を取ってほしい。それが今回の任務だ」


 世子様から折りたたんだ紙を渡された。占い師、と言うと怪しく聞こえるが、この占い師も実は向こうの世界から来た者だ。朝鮮史を研究する大学教授だそうだから、相当詳しくこの世界の未来を予言できるのだ。いくつも当てていると聞いている。


 世子様から渡された紙を開くと、そこに書かれた名前は重臣たちの中でも特に力のある者ばかりだった。その中に、うちの商団のオーナーである旦那様の名前もあった。


「承知いたしました。ではこれで」


 さすが世子様、商団に、俺を送り込んで正解だった。俺は各地の商団にいる俺の手下たちに呼びかけて、この重臣たちが背後にいる取引を調べさせた。



***



 あの日からホミンは毎日早めに来て俺を手伝い、ヘリョンの絵を描いていた。少しでも長い間ここへ来てもらいたいから、つまり絵の完成を遅らせたいから、俺はあえてお茶の時間は絵を描くのをやめさせて、俺たちと一緒に過ごすようにホミンを強引に誘った。それは俺にとって貴重な癒しの時間だった。


 そんな穏やかな日が続いたある日のことだ。


 その日は朝から大行主テヘンスがヒステリックに探し物をしていた。こんな時は近づきたくないが、そうもいかない。


「大行主様、どうなさいました?」

「いや……うん」

「お探し物なら、お力になれると思いますが」

「ああ、そうだな。お前なら信用できる。ここだけの話だが、百両の手形がないのだ」


 それは大変だ。このことをオーナーである旦那様に知られたら、ただでは済まされないだろう。その取引は、大行主が担当したものではあるが、あの厳しい旦那様のことだ。早く見つけなければ大行主ひとりで済むとは思えない。


「一緒に探します」

「すまない」


 大行主の顔は青ざめていた。






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