第48話 運命の出会い

 ある日のことだ。まだ夏というには早かったが、その日はやけに蒸し暑かった。少しばかりイライラしながら家でインスのやつを待っていた。こいつはゴロツキのころ俺の手下になって以来、かわいがっている男だ。朝一でうちへ来て商団まで荷物持ちをする約束をしていたのだ。


「おーい、兄貴!」


 インスの声が聞こえたかと思うと扉がバタンと乱暴に開けられた。


「兄貴! ちょっと来てください!」


 インスのやつは顔だけ見せると、急いでまた外へ出て行った。


 蒸し暑さも手伝って、俺はイライラしながらインスを追って外に出た。しゃがんでのぞき込んでいるインスの足元には、若い女の子が横たわっていた。


 化粧はしているが、20歳にもなっていないのではないか。襟の大きな白いダウンジャケットに赤いタートルを着て、ふんわり広がった膝丈のスカートに赤いタイツをはいていた。見るからに暑そうだ。そして、この時代の服装ではない。向こうの世界から来たに違いない。 かつて俺が暮らしていた21世紀の服装だ。




(……まさか、こいつも俺と同じように、突然この世界に来てしまったのか? 女の子なのに、どうするんだ?)


 その女の子の白い横顔は、とても可愛かった。まつ毛が長くて、唇からあごのラインがキュートで俺好みだが、まだ幼い。


(おっと、いけない。こんな時に不謹慎だ。しかし、この子大丈夫か? こんな格好ではまずいぞ。通りを歩く人たちもこっちを見ている。女の身で放り出したら、どうなってしまうかわからない。)


「兄貴、どうしましょう?」

「中へ連れて行こう! インス、手伝え」


 今、こいつを助けられるのは俺しかいない。とりあえず、家に運ぶことにしてその女の子を抱き上げた。ああ、これをお姫様抱っこというんだ。人生初のお姫様抱っこが、知らない女だ。演技でもやったことはない。


「兄貴、家はまずいですよ。兄貴は男の一人暮らしですよ。この子、こんなに厚着しているのに、俺たちが脱がせるわけにいかないし。ここはヨンジャおばさんに任せましょうよ」


 俺は世子セジャ様のおかげで商団でそれなりの地位を得ているが、初めはゴロツキだった。そして、男の一人暮らしだ。女を家に連れ込んだら、何をするかなんて、みんな同じことを考えるだろう。それに、この暑さだから、この子の意識がないのは、この服装で長時間いたために熱中症になっている可能性があった。早く服を脱がせないと命にかかわるのに、俺にはできない。ゴロツキをしていたのは生きる手段で、これでもなるべく悪いことはしないようにしてきた。俺には良心というものがあるんだ。


「お前のおばさんか。そうだな。よし、すぐ運ぼう!」


 インスはその子を運ぶには小柄すぎるので、俺が運ぶことになった。その子をいったん降ろし、インスに手伝ってもらって、俺の背中に乗せると、思ったより軽かった。体温が伝わってきて、背中が汗ばんでくるのが分かった。若いお嬢さんなのに申し訳なかった。


 食堂につくと、ちょうどヨンジャは外のテーブルの食器を片付けているところだった。


「いったいどうしたんだい。騒々しいね」

「おばさん、この子、助けてやってくれ! ジン兄貴の家の前に倒れていたんだよ!」

「おや、大変だ! ぐったりしてるじゃないか。こっちへお入り!」


 ヨンジャが扉を開けてくれたので、俺は女の子を背負ったまま中に入った。ヨンジャが女の子を下ろすのを手伝ってくれ、なんとか横にならせた。


「ヨンジャ、頼む。早く服を脱がせて、水を飲ませてやってくれ。」

「あらやだ、この子、変な格好してるわね。なんでこの暑いのに綿入れなんか着てるの。それに、何? このチマ(朝鮮の民族衣装のスカート)は。子供用かしら? えらく短いわね。」


 ダウンジャケットが綿入れで、膝丈のスカートが子供用チマか。その勘違い、コントが出来そうだよ、ヨンジャおばさんよぉ。


「この子、この暑さなのに、こんな格好でいたせいで倒れたんだと思う。早く涼しくしてやってくれ。命に関わるから。」

「わかったわよ。すぐにやるわ。あんたたち、外に出てな!」


 ヨンジャは俺たちを部屋から追い出した。そして、女の子の服を脱がせ、薄い衣を着せて水を飲ませてくれたようだ。万が一、この世界で命を落としたらこの子はどうなるのだろうと、気が気ではなかった。


「ジン、インス、入ってもいいよ! あ、目が開いたよ。あんた、大丈夫?」


 俺たちが中へ入った時、ちょうど意識を取り戻したようだった。良かった。これで安心だ。俺は少しでも涼しくしてやりたいと思ってあおいでやった。すると、また閉じていた女の子の目が再びうっすらと開いたので話しかけてみた。


「お前、俺の家の前で倒れていたんだ。大丈夫か?」


 女の子はすぐには話せないようだった。まだ気を抜けない。頭痛がするのか、頭に手をやり、つらそうだった。医者に見せてやりたいが、金がない。


「しっかり水を飲め。」

「あらやだ、ジン、ならず者のあんたらしくないねえ。今日はえらく優しいじゃないか」

「うるせえ! 初対面の女なんだから、当たり前じゃないか……おい、お前、もう一眠りするといい」


 俺がそう言うと、その女の子は素直に目を閉じた。






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