第42話 2019年 事故
2019年1月某日。ハンドルネーム「ユリ」こと、
詩織はアラフィフ、世間で言うおばさんであるが、決して自分は認めない。1年前からツイッターを利用するようになり、そこでは「永遠の26歳よ」と豪語している。スマートフォンを使いこなせているわけではないが、大好きな韓流ドラマとKポップの情報はツイッターに頼らざるを得ないので、娘に教えてもらいながら、つぶやきデビューを果たしたわけだ。特にドラマ「
この日も詩織は朝から訪れた清水寺から順に、ツイッターに写真をアップし、つぶやいていた。
「『残念! 清水寺工事中。入場料半額にしてほしい』……これでよし。バッチグーね」
「『圧巻! 三十三間堂! 中は撮影禁止だから外だけ』……っと」
こんな調子でコメントを入力しながら、一人でじっくりと見学をしていた。
行きたいところは一通りまわり、そろそろホテルに帰ってのんびりしたいと思って信号待ちをしていた時だ。それは一瞬の出来事だった。
「危ない!」
ズザザザと地面に擦れる音。誰かの叫ぶ声。向こうからバランスを崩して倒れたバイクがこちらをめがけて斜めに滑ってきた。詩織は思わず目をつむった。
音が無くなり、ゆっくり目を開けてみると、詩織の斜め前に立っていたはずの女性二人が倒れていた。
(当たった? 当たってないよね?)
目をつむってしまったが、詩織が見た限り、いや、音を聞いた限りでは、バイクは二人の女性に当たったようには思えなかった。バイクは少し向こうで倒れている。そのバイクの方には、助けようとする男性が一人駆け寄って行くのが見えた。バイクの男性が起き上がろうとしているのが見える。どうやら命に別状は無さそうだ。
それより、こっちは起き上がらない。詩織はドキドキしながら二人の女性に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「いたたた……」
年配の女性は倒れただけだと言って立ち上がった。しかし、もう一人の若い女の子は目をつむったまま動かない。詩織は恐怖で少しの間動けなかった。
「どうしよう……救急車!」
近くにいた女性に救急車を呼ぶよう頼んだ。
「次は……どうしよう」
触るのが怖い。でも、誰も助けてくれない。
「大丈夫?」
勇気を出して、倒れた女の子の肩をトントンとたたいた。年配の女性も心配そうにのぞきこんでいた。
「大丈夫かねぇ。ごめんねぇ」
すると、女の子はゆっくり目を開いた。
(良かった! 生きてる! )
彼女は眠りから覚めたように、ぼんやりしたまま答えた。
「すみません……僕、どうしたのかな……」
この声は詩織にとって懐かしい響きだった。そして見覚えのある顔だった。この子は……。知っている。この顔。そして、もう何年前だろう? ずっとずっと昔、詩織も若い頃、こんな風に目覚めたことがあった。そして、この子は自分のことを「僕」と言っているが、詩織が知っているその子も自分のことを「僕」と言っていた。
「大丈夫? 頭打ってない?」
女の子は周りを見回し、自分の今の状況をやっと理解した。ピンと冴えた冬の冷たい空気はさっきまでの夏の暑さとは全く違っていた。
「帰ったんだ……」
ホミンは杏奈に戻っていた。
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