第39話 作戦会議

「ただいま~師匠、帰りました~」


 扉を開けると、玄関口にユンシクが座っていた。


「ああ、びっくりした。こんなところで何を」

「心配して待っていたんだよ。……ソン様! こんな夜更けに……」


 ソン・ジシュクはユンシクと目を合わせることができずに言った。


「今から作戦会議だ」


 彼はホミンとユンシクを、例の秘密の部屋に連れて行った。ソン・ジシュクが箪笥の扉の取っ手を12時の方向まで回し、ゴトンと音がした後開くと、箪笥の中に、通路へと出られる穴が開いた。初めて見たユンシクが驚いたので、ホミンも適当に合わせた。

 手を骨折しているユンシクには少し難儀ではあったが、3人ともそこを通り抜け、地下への階段を下りた。


「ここはいったい……」


 ユンシクが目を見張っていた。


「ここは先の王様が有事の時に身を隠すために作られた部屋だ。陽明君様のおじいさまに当たられる方だよ」


 白々しく話すソン・ジシュクの顔を見て、ホミンがフフッと笑った。


(知らん顔しちゃって。世子様のおじい様でしょう~)


「向こうの扉が別の家につながる通路になっているのだ」


 興味深く眺めているユンシクに、ソン・ジシュクが得意そうに話しているのを見て、ホミンはかわいい人だなと思った。


 3人は卓を囲んで椅子に座った。


「それでは今後のことを話したい」


 ソン・ジシュクが、まずユンシクにもわかるようこれまでの経緯を説明した。ジンが捕らえられたのは、おそらくソン・ジシュクとジンが以前から調べていたことに端を発すると思われる。彼らは、市場価格が適正でないものについて、何か裏があるのではと隠密に調査していたという。ジンは不正の証拠となる帳簿を見つけて隠していた。ジンが捕らえられたということは、告発した人、つまり、商団の大行主テヘンスが一枚かんでいると、これではっきりしたようなものだ。


「ジンが隠した証拠の帳簿を探しに行かなければならない。ホミン、明日夜が明けたらすぐ出発するのだ。ユンソンが護衛をしてくれる」

「はい! ありがとうございます! ソン様」

「ただ、問題がある」


 ユンシクがソン・ジシュクの目を見つめると、彼はすっと目をそらして言った。


「私とホミンは、今日ジンに会っているから、目をつけられている恐れがある。細心の注意を払わなければならない」

「と言いますと?」


 ユンシクが聞いた。


「帳簿を奪われるだけでなく、命の危険も考えられる。だから、敵の目を欺くために、今日のうちに、二人ともこの家を反対側の屋敷から抜け出すのだ。迎えの輿を手配してあるから、半刻もしないうちに来るだろう。支度をするのだ」

「俺も脱出ですか?」


 ユンシクは気が進まないようだった。やらなければいけない仕事はたくさんある。


「そなたは人質に取られる可能性があるから、残しておくわけにはいかない。隠れている間不自由はさせないから、一緒に出て欲しいのだ」

「わかりました。お気遣いありがとうございます」


『反対側の屋敷』は、普段、誰も住んでいない両班ヤンバンの屋敷だったが、使用人が管理していた。そんな家をいくつも持つ両班は珍しくない。ふたりはその一室に通された。


「さあ、二人とも、これに着替えるのだ」


 ソン・ジシュクが示す先には女性用のチマチョゴリが用意されていた。ユンシクがチラッとにらむと、彼は一瞬息を止めたように見えた。


「女人は外出の時、頭から衣をかぶって顔が見えないから一石二鳥なのだ」


 ユンシクは複雑な顔をしていたが、ホミンはまたチマチョゴリを着ることができるとあって、ガッツポーズでぴょんぴょん飛び回っていた。


「それでは、私はこれで失礼するよ。ユンソンも顔を見られたから私が連れて帰るが、輿には別の護衛をつけるから、安心しなさい」






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