第35話 ジンの家③

 女として会えていたなら、こんなに悩む必要はなかっただろう。ジンはゲイなのか? そうだとしたら、自分は対象外。もしゲイでなくても、恋敵は牡丹モラン、つまり、自分自身なのだ。


 私は女です、牡丹は私ですと伝える事ができたら、もっと楽になれるのだろうか? ユンシクの顔がよぎった。自分の男装がバレて騒ぎになったら、ユンシクに迷惑がかかる。ここで生きていくために女だと明かせないこと、好きなのに、好きだと言えないことが苦しかった。


 ジンが目を開いた。


「添い寝するか?」

「暑いです! いい加減にしてください!」


 現代ならセクハラでアウト! と言いたいところだ。うろたえたら、ジンの思うつぼ。しかし、ホミンはジンの機関銃にこれ以上応戦できなかった。


「ハハハハハ……おまえ、本当にかわいいなあ」

「もう、いいですよ」

(またかわいいって言った……)


 すねて見せたが、本当はうれしかった。


 ジンはずいぶん体が楽になったようで、それからは普通にいろんな話をした。一緒にいることがとても自然で幸せだった。


「お前、さっきからあれが気になるんだろう?」


 一瞬、時間が止まった。ジンが指さしたのは杏奈のピンクのバッグだったのだ。ついちらちらと見てしまっていたから気づかれたようだ。


「あ、わ、わかります?……兄貴の女の物かなあって気になって」


 必死で平気なふりをしているが心臓はバクバクいっている。


「俺に女はいないよ。ヤキモチやいてるのか?」

「自称『男前』の兄貴に女がいないなんて、驚きです~! もしかして禁断の彼氏がいたりして?」

「これは持ち主が消えたから探しているんだ。お前、顔が広いから、手伝ってくれないか?」


(話をそらした……でも、取り返すチャンス!)


「いいですよ。僕にまかせてください。持って帰って探してもいいですか?」

「ああ、持って帰れ。頼むよ」

「ただし、あまりおおっぴらに人に見せるなよ。帰りも気をつけろ。面倒に巻き込まれないようにな」

「大丈夫です!」


(見せない見せない、持ち主は僕だから)


 ホミンはバッグを取りに行った。久しぶりに手にする感触だ。


「お前、そろそろ帰れ。暗くなると危ないからな。俺は大丈夫だ」


 楽しい時間はあっという間に過ぎていくものだ。もっと一緒にいたいのに、夏は日が長いとはいえ太陽は容赦なく傾きはじめていた。


「そうですね。兄貴もしゃべってばかりじゃ体に悪いし、そろそろ帰ります。ゆっくり休んでください」

「おまえのおかげで元気になったよ。ありがとう」


 ジンの声は優しくて、温かく、心の芯まで染み入るようだった。ホミンはジンのそばにきちんと座りなおした。


「兄貴、ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げた。ホミンにはもう何の迷いもなかった。


(兄貴が好きだ。兄貴のそばにいたい! 兄貴が男を好きなら男を演じ切る! 女が好きなら、師匠に話して対策を考えよう!)


 本当は帰りたくなかった。


(一日がもっと長ければいいのに……)


 ホミンは気持ちを抑えて立ち上がり、扉にむかった。ジンも一緒に立ち上がり、送ってくれようとしている。もう少しここにいろと言ってほしい。振り返ればジンがいる。しかし、帰らないと、外は暗くなる。ホミンは扉にゆっくり手をかけた。


(この扉を開けたくない……)


 そう思った時。ジンが後ろからホミンを抱きしめた。


(え?)


 早鐘をうつ心臓の音が外まで聞こえてしまいそうだ。ジンのほとばしるような熱い思いがホミンに伝わってきた。彼は少しの間、強く、そして優しくホミンを抱きしめ、ホミンはそのままじっと彼の思いを受け入れていた。


 ジンが口を開いた。


「ホミン、お前、女だろう?」






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