第34話 ジンの家②

「おい、俺がいい男だからってそんなに見つめるなよ」


 ジンがまっすぐにホミンの目を見ていた。


「ひ!」


 ホミンはあぐらをかいて頬杖を突き、覗き込んでいるのだから、見つめられるにはあまりに近すぎる。あわてて反り返った。


「そ、そ、それは……当たり前じゃないですか! 兄貴は男前です!」


 心の中を読まれたようで恥ずかしかった。


「ハハハ、お前、本当にからかいがいがあるよ」


 ジンは起き上がり、またホミンがうろたえる姿を喜んで見ていた。


「あ、兄貴! おかゆ、食べましょう」

「食わせろ。あ~ん」


 ジンが口を開けた。


「兄貴! ふざけないでくださいよ。男同士でやっても……」

「男同士じゃだめなのか? 禁断の……」

「うわー!!!」


 ジンはまたホミンの様子を見て楽しそうに笑っていた。


「おまえ、かわいいな」


(かわいいって……またかわいいって……)


 ホミンは顔を抑えて横を向いてしまった。


「おい、怒ったのか? すまない。機嫌を直せ! お前は笑った方がいい。笑った顔が一番好きだ!」


(笑った顔が一番好き? どういう意味なの? やっぱり兄貴は男が好きなの?)


 さらに何も言えなくなり下を向いてしまった。ジンも黙ってしまい、ホミンの顔をじっと見ていた。いたたまれなくなり、ホミンが視線を上げると当然ながらジンと目があった。


「怒ってないです。何でもないです……」

「すまない。つい悪い癖で……」


 ジンは笑っていたがホミンは笑えなかった。


(悪い癖って……? いけない。考えるのやめよう!)


「兄貴、食べましょう!」


 ジンは茶碗を受け取ると、うれしそうにおかゆを食べ始めた。勢いよく口に運び、味わっては


「うまいなあ」


 と笑っている。これだけ食欲があれば大丈夫だろう。ホミンはジンのこの顔がたまらなく好きだと思った。


「お前が作るとただのおかゆでもこんなにおいしいんだな」

「また料理させようとしてゴマをすってもだめですよ!」

「だめか? また食べたいなあ」

「ダメとは言いませんが」

「ダメじゃないんだな? 今そう言ったな? よ~し!」


 ジンが子供のように無邪気に喜んだ。そして、余程おいしかったのか、勢いよくおかわりまでして食べたので、あっという間に鍋は空になった。



「兄貴、少し横になってください」

「いやだ」

「子どもですか? 素直に寝てください」

「わかった。質問に答えろ。そしたら寝てやる」

「なんですか。その交換条件」

「じゃあ質問だ。お前の思い人は妓生キーセン牡丹モランだろう? 俺がやった帯飾りをしていたからすぐわかったよ」


(なんだ、簡単! それに良かった~! 牡丹が僕だって気づいていない。やっぱり師匠が言うとおり、こっちの世界の人は簡単には気付かないんだ)


「兄貴、牡丹に会ったんですか?」

「この前、真珠楼に行ったんだ。歌がうまいし美人だし。俺好みのいい女だった」


(俺好み⁈ 兄貴は男色じゃない? それともごまかしてる?)


「兄貴、ああいうタイプが好きなんですか?」

「好きだね。抱きたくなるよ」

「あ、あ~、あ~、そんなもんですか?」


 ホミンは大人の会話になれていない。どう答えればいいのかわからないし、恥ずかしすぎた。しかし、ジンは容赦しなかった。


「おまえ、牡丹を見て、抱きたいと思わないのか?」


 真っ赤になっているホミンを見て、またジンは楽しそうだった。そしてホミンの手を取った。


「ま、こんな小っせえ手じゃあ、まだまだだな」


 そう言いながらジンはホミンの手をポンと放して、ごろんと横になり、目をつむってしまった。そのまま時が過ぎて行った。ジンは眠ってしまったのかもしれない。いったい何を考えているのか……。静かだ。蝉はうるさいのに静かに感じた。ホミンこと杏奈が育った家なら、車の音や、時には救急車などの緊急車両の音が聞こえた。しかし、そんな生活音の違いを気にしているのではなかった。静かだと思うのは、この人の言葉を自分が求めているからだと気づいた。胸が苦しかった。






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