第32話 川遊び④
「ああー気持ちいいなあ!」
ジンは服のまま泳ぎ始めた。
(兄貴、やっぱり僕をからかって遊んでいたんだ……)
しかし、それが今のホミンにはありがたかった。ジンは少し泳ぐのを楽しんでから水から上がった。上着だけ脱いで水をしぼって干し、大きな岩の上に寝そべった。筋肉質の体があらわになり、ホミンはまともに見ることができなかった。
「おい、来てみろ。岩が焼けてて、いい感じに温かくて気持ちいいぞ!」
ジンは空を見ていた。ホミンは服を着たまま水をしぼって、おそるおそるジンのそばへ行き、寝転がってみた。じわっと熱が伝わってきて、気持ちよかった。
「このまま乾かしてしまおうか?」
ジンは空を見つめたまま言った。仰向けになって並んだふたり。空は青くて、聞こえてくるのはせせらぎの音と蝉の鳴き声だけだった。
「この世界で二人だけになったみたいだな」
「兄貴と一緒なら、何も怖くないです」
ジンは黙ってしまった。そして突然、がばっと起き上がった。
「本当にそう思うのか? 俺がお前に何もしないとでも思っているのか?」
ジンはホミンの上に覆いかぶさるように両手をつき、上からまっすぐに見下ろした。強く見つめられ、ホミンはその目をまともに見ることが出来ず、顔をそむけてしまった。
「お前は無防備すぎる……」
そう小さくつぶやくと、ジンはすぐに離れて起き上がり、ホミンに背中を向けた。
(なぜ? やっぱり、兄貴は男色?)
そう考え始めると、これからどう付き合えばいいのか複雑だった。岩の上に寝転がったまま、あれこれと思いをめぐらせた。もしゲイだったら? ゲイであること自体は受け入れられる。でも、女と知られると、どうなるのだろう。兄貴とは両想いになれないのではないのだろうか。それが何より辛い……。考えて、考えて、一つの答えにたどり着いた。
(兄貴は兄貴だ。誰が何と言おうと、僕は一番の味方になる!)
「そろそろ帰るか?」
「はい!」
ホミンは素直に返事をすると、帰り支度をしてジンの後を追った。服は生乾きだった。木の生い茂った山道は涼しくて、濡れた服を着ていると寒いくらいだった。
「寒くないか?」
「少し寒いですね。兄貴はびしょぬれですが、大丈夫ですか?」
「俺は強いから平気だ。歩いていたら乾くだろう。」
そう言っていたが、ジンの唇の端が青くなっていた。
「兄貴、本当は寒いくせに。やせ我慢はいけませんよ」
ジンは無言だった。二人とも何を話せばいいかわからなくなっていた。長い沈黙の後、家の前まで帰り着いた時、やっとホミンが口を開くことが出来た。
「兄貴、ありがとうございました」
「おう、楽しかったぜ。またな」
ジンは軽く手をあげるとそのまま行ってしまった。
(兄貴、振り返って)
祈るような気持ちで見つめていると、突然ジンが振り返った。
(兄貴!)
ジンは笑顔だった。ホミンは手がちぎれるくらい全力で振り、姿が見えなくなるまで見送った。
翌日、ホミンは朝から仕事部屋で挿絵を描いていた。昨日ジンが描いた絵を思い出し、一人でふきだしてしまった。そして、ジンの淋しそうな顔や川辺で見せた後姿が気になっていた。
「師匠、ちょっとでかけてきます」
「ジンの旦那のところか? 納得するまで帰らなくていいぞ」
ユンシクにはお見通しだった。
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