第31話 川遊び③

「飯にしようか」

「はい! 今日は、朝から兄貴のために頑張って作ったんですよ!」

「俺の方は魚が釣れなかったから食わせてやれねえな。ハハハ」


 風呂敷を開くと、何品かのおかずとおむすびがきれいに詰められていた。


「お前、絵だけじゃなくて、料理もうまいんだな」

「食べてください」

「どれどれ……うまい!」


 ジンは本当においしそうに次々と食べていた。そんな様子をホミンはうれしそうに見ていた。


「おまえ、食わねえのか?」

「あ、はい! 食べます! 兄貴があんまりおいしそうに食べるから、つい、みとれちゃいました」

「そりゃあ、俺はいい男だから、しょうがねえよな。しかし、本当にうまいよ。毎日食いてぇー! お前、ユンシクと別れて、俺と一緒に暮らさないか?」

「それ、どういう意味ですか?」


 ジンはホミンの顔をのぞきこんで言った。


「俺と結婚するか? 禁断の愛ってやつだ。ハハハ……」

「えーっ?!」


 ジンはうろたえるホミンを楽しそうに見ていた。


「冗談だよ。お前、ホントに面白いなあ」

「勘弁してくださいよ。心臓に悪いです」


 一瞬ジンのまなざしが淋しそうに見えた気がした。





 午後になり、日が高くなると暑さが増してきた。


「おお~、水が冷たくて気持ちいいぞ! 泳ぐか?」


 ジンは浅いところを裸足でじゃぶじゃぶと歩いていた。


「僕は結構です。兄貴、泳いでください。ここで見ていますから」


 ホミンは水際で座っていた。濡れると体の線が出るから、女だとバレるリスクが高い。


「じゃあ、一緒に足を突っ込むだけでもどうだ?」


 ジンは、ホミンが座っている岸まで戻ってきて、水の中にひざまづき、履物を脱がせてくれた。ホミンはとまどいながら、されるがままになっていた。ジンが立ち上がって両手を差し出した。


「来い」


 ホミンは水の中へ足を入れると、その手の上に右手を置いた。すると、反対の手もぐいっと引っ張られて、立ち上がった。


(これって、あの時と同じ……)


 真珠楼だ。ジンの大きな手の中にホミンの小さな手はすっぽりと包まれていた。あの時のホミンは牡丹として身も心も女だった。しかし、今のホミンは必死で男としてふるまっている。そんなホミンの心が揺れた。その時、ジンがホミンの両手をギュッと握った。


「お前、小さい手だなあ。こんな小さな手で、女を抱けるのか?」

「え? な、な、な……」


 ホミンはどう答えていいかわからなくて、慌ててしまい、言葉にならなかった。顔が熱い。うろたえるホミンを、またジンは楽しそうに見ていた。


「おまえ、本当にかわいいやつだなあ」


 ジンは満足そうだった。


(かわいいって言った)


 それが、どういう意味かなんてわかりきっていた。しかし、無駄な期待をしたいのが女心というものだ。両手はまだ握られたままだった。


「兄貴、からかわないでください」


 ホミンはジンの手を振りほどこうとした。


「悪い悪い。許せ」


 そう言いながらも、ジンは手を放そうとはせず、意地の悪い笑みを浮かべて、ますます強く握った。


「兄貴~! 勘弁してくださいよぉ~」


 無理やりほどこうとしたその時、ホミンは勢い余って、水の中に倒れてしまった。


(やばっ! 濡れちゃった! 体のラインが見えたらどうしよう!)


 浅瀬だったおかげで被害は最小限で済んだ。


「大丈夫か?」


 ジンのまなざしがあまりに真剣だったので、ホミンの心臓は許容範囲を超えそうだった。


「だ、大丈夫ですっ!(こっちを見ないで!)」


 思わずジンの顔めがけて、バシャッと水をかけて逃げた。


「こいつ、ホントにいい度胸してやがる!」


 ジンが追いかけてきた。ここでつかまるわけにはいかない。とっさの事だったとはいえ、ホミンは水をかけたことを後悔した。しかし、ジンはわざと追いかけるのを楽しんでいるのか、なかなか追いつかなかった。そして、ジンもバシャーンと水の中につかってしまった。


















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