第29話 川遊び①

 ホミンは朝、暗いうちに目が覚めた。今日はジンと川へ行く日だ。もともとホミンは料理好きだったので、向こうの世界にいた時の知識で、ここにある限られた材料を使って、ジンに喜んでもらいたいと思いながら、丁寧にお弁当を作った。完成した料理を籠につめ、風呂敷で包むと、まだ少し時間があったので外で待つことにした。


「師匠、行ってきます。」

「楽しんで来い。今日は仕事のことは忘れていいぞ」


 ホミンは家の外に出て、日陰に座った。朝とはいえ、夏の日差しは真っ黒な陰をクッキリと地面に映している。ぼんやりと通りをながめていると、昨日のユンシクとの話を思い出した。


陽明君ヤンミョングン様かあ~。ハードルが高すぎますよ、師匠。そういえば、陽明君様、『漢陽ハニャンの華』に少しだけ出ていらっしゃったな。 ユリさんが、陽明君様がカッコイイって言ってたのに、出番が短時間過ぎて、顔を思い出せなかったんだった。しかも1年を通して2回しか出なかったし。ユリさんだって私以上に相当レアなキャラが好きな人だ。ユリさん、オウルさん、マカロン、私が全然ツイートしなくなって、心配してるかな? あんなに毎日つぶやいていたのに……)


 ホミンは空を見上げた。よく晴れた空は青くて、真っ白い入道雲が両親に連れて行ってもらった海水浴を思い出させた。


「お父さん、お母さん……どうしてるんだろう? 心配してるよね……」


 朝早くからおむすびを作ってくれたお母さん、遠くの海までずっと車を運転してくれたお父さん……小学生の頃の光景が次々と浮かんできた。目頭が熱くなり、景色がにじんで見えた。その時、遠くで手を振る人影があった。


「あ、ジン兄貴!」


 ホミンは袖で目をこすり、大きく手を振った。


「兄貴~! お早うございます!」


(来てくれた! 約束通り来てくれた!)


 ジンは笑いながらホミンの方へ走ってきた。かついでいる細い釣竿がしなっていた。


「兄貴! 暑いから走らなくていいですよ!」


 ホミンの言葉は耳に入ったはずだが、ジンはあっという間に近くまで来た。


「待たせたな。すまない。」

「そんなことないです! 僕が早すぎただけです!」


 ジンはいつものように頭をポンポンとたたいてなでてくれた。


「俺が持つよ」


 ジンはホミンが用意した弁当の包みを持ち、歩き始めた。


「ああー、いい天気だ。川は気持ちいいだろうなあ」

「兄貴、待ってくださいよぉ」


 ジンの歩幅は大きかったので、ホミンは必死でついていった。ジンがふと立ち止まったために、ホミンが勢い余って一歩前に出てしまい、振り返ると、ジンはいたずらっ子のように笑っていた。それからは、ジンはゆっくり歩きはじめた。ホミンの歩幅に合わせてくれたようだ。

 ジンの提案で、水がきれいな上流をめざし、二人は少しだけ山を登ることにした。


(ジン兄貴が横にいる)


 ホミンは幸せだった。ジンは大柄で、自分より20センチ近く背が高い。その男らしい存在感を感じながら歩くと、自分が男として生きていることを忘れそうだった。しかし同時に、つい先日の出来事……ジンに抱きしめられた事が頭をよぎり、なんとも言えない気持ちになって、何を話せばいいのかわからなかった。すると、先にジンがきりだした。


「この間、ケガしてなかったか? 大丈夫なのか?」

「はい! 少し、すりむいていたけど、大丈夫です!」


 あの日、手をつかまれて走って逃げた時の光景がよぎった。あの時はうれしくて頼もしかった。


「そうか。心の方は大丈夫か?」


 抱きしめられた時のことがボン!と音がしそうな勢いで思い浮かんだ。


(こ、心? ドキドキする! あ、いや、そうじゃなくてあの時襲われたことへの恐怖、だよね?)


「は、はい! 兄貴が助けてくれたから、問題ないです!」

「本当に平気か? お前、いつも犬っころみたいに元気だな」


 ジンが高らかに笑った。おかげで、ホミンのなんとなく気まずい感じも、消えてしまった。木が茂っていたので、夏とはいえ、涼しく、蝉の声がうるさいくらいだった。



















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