第25話 ジンと牡丹
「大丈夫か?」
ジンに声をかけられ、ホミンは思わずうつむいた。顔を上げられない。心臓が口から飛び出しそうだった。顔が熱い!
(なぜここに? バレたらどうしよう……)
なんとか体制を立て直しはしたものの、床に座っているホミンは動けずにうつむいたままだった。つつじ色のチマがふわりと床に広がっている。チマの上に一筋のラインを引くように垂れたリボンの赤い色が、焦る気持ちをかきたてる。
ああ、この姿を一番見せたいのはこの人だった。でも、今、顔を見せて自分だと知られるわけにはいかない……。思いがくるくる回ってめまいを起こしそうだった。
「ほら」
ジンが両手を差し出した。ホミンは少し躊躇したが、素直にその手の上に右手だけ置いた。しかし、ジンはもう片方の手もぐいっとつかんでしまった。ホミンの小さな手はジンの大きな手にすっぽりと包まれ、引き上げられた。固くて温かい手だ。
立ち上がったものの両手を捕まえられていたため、逃げることもできなかった。うつむいたまま手を振りほどこうとしたが、ジンの力は強かった。ジンは、
「おい、お前……。」
ジンはホミンの片手をつかんだまま、もう片方の手でホミンのあごに手を添え、ぐいっと自分の方を向かせた。一瞬の静寂。ジンはハッとしたように見えた。
(もうダメ……)
「お前~、きれいだなあ~。名前は~?」
なんだか酔っぱらっているようだ。ろれつが回っていない。
「
ホミンは声を出すのがやっとだった。その時、ジンの視線が帯飾りにとまった。
(今度こそ、終わった……)
覚悟した。
「お、お前……
ジンは突然ホミンの肩に手を回し、連れて行こうとした。力が強い。しかし、明らかに酔っているようで、足もとが確かではなかった。
(何とか逃げられるかも!)
ホミンはスッとしゃがんで、ジンの腕をすりぬけた。あっという間のできごとで、酔っているせいか、ジンは追いつけなかった。ホミンは走って行ってしまった。
ジンはホミンの後姿を目で追いかけたが、すぐに姿は見えなくなった。彼はその残像を追うように、つぶやいた。
「いい女だ……。」
ホミンは支度部屋に逃げ込むと、壁にもたれ、力が抜けたように座り込んだ。怖かった。まだドキドキしている。
(私だと気づいたかな? 気が付いたようには見えなかった。そういえば、酔っぱらった姿がドラマそのまんま。私を見て、何か感じてもらえたのだろうか? そうだ、きれいだって言ってくれた! 酌をしろと引っ張って行こうとしたという事は、気に入ってくれたのかもしれない。ほんの一瞬でも女として見てくれた……)
ホミンは壁にもたれ、座り込んだまま、しばしの間、甘い喜びにつつまれていた。
ひとり残されたジンは渡り廊下でぼんやりと丸い月をながめていた。今日は真珠楼に、かつての弟分、チョンスとソンミンを連れて来たのだ。久しぶりに会って話が弾んだ。二人は新天地でうまくやっているようだ。あまりに楽しくて、酒がすすんだので、二人ともすごい勢いでジンに酌をし、おかげで酒がまわってフラフラだった。酔いを醒まそうと風に当たりに出ている時、この渡り廊下に来てしまったのだ。
美しい歌声が聞こえてきた。
普段聞くことのない曲調の歌に引き寄せられてここまで来たが、固く護衛に守られていて、歌が聞こえてくる部屋には近づくことができなかった。それでもなんとか聞こえてくる歌を月明かりに照らされて、この場所で聞いていた。愛する人を思う歌。柄にもなく涙がにじんだ。
歌が聞こえなくなってしばらくして出てきたのがあの子だった。
「
ジンは月に向かってその名前をつぶやいた。
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